Categotry Archives: 第4章 悪魔が踊りて

映画監督アシュタロス

 アシュレイは玉座に座ってネギの様子をディスプレイで見ていた。
  

 麻帆良学園の図書館島地下に設けられた秘密修行場でネギはアルビレオにしごかれていた。
 ネギは魔法世界の学校で使われている強化薬を飲んでおり、その為に身体を鍛えてもその悪影響は最小限に抑えられる。
 そうしなければ身体を鍛えたところで逆に身体を痛める結果にしかならない。

 とはいえ、ネギは恐ろしい速さで成長していた。
 そして、アシュレイはその成長速度や才能は自分を倒す為に世界が与えたものではなく、単純に彼自身のものであると分かっていた。

 世界の加護といっても、個々人の才能などにまで干渉したりはしない。
 目的を達成するまでその者が死なないということ、そしてその目的が誰かを倒すことであった場合にのみ、そのターゲットと戦うときに火事場のバカ力という形で世界からバックアップを受ける。

 思っている程に世界は優しくはない。

「予想以上に人類の中では上にいくんじゃないかしら」

 アシュレイは自身の足を美味しそうに舐めているアリカに声を掛けた。
 彼女はちゅーっと親指を吸った後、口を僅かにそこから離す。

「忌々しいことなのじゃ……」

 憎々しげにその綺麗な顔を歪めた後、再び彼女は足に口をつけ、舐め始めた。
 その表情は一転しており、恍惚としている。

 そんなアリカの頭を優しく撫でつつ、呟いた。

「……映画にでも出てもらおうかしら」

 何となしにアシュレイは呟いた。
 彼女は映画会社も当然所有しており……ハリウッドはまるごと彼女のものだ。
 映画は戦争から恋愛、コメディその他諸々様々なものを作っており、その質と量は日本映画に勝るとも劣らない。
 
 ネギを主役にした映画……一儲けできそうであった。
 なお、アシュレイは自分のこれまでの生き様を映画にしてしまおうと考えていたりする。
 魔族に成り立てからアシュタロスとの出会い、ハルマゲドン……という感じでそれだけでももう映画で100本はいけそうなレベルだ。
 何気ない日常であっても、普通にコメディ映画としていけるのがアシュレイの日常だったりする。
 もっとも、ホラーコメディとかそういう部類になりそうだが。


 アシュレイはピンときた。
 壮大な自分の物語、それにネギを登場させてしまおう、と。

 これから先、近い未来においてネギによりアシュレイは倒されることになる。
 それすらも映画に取り込んでしまおうと。

 アシュレイは自分が倒されることに関しては誰も恨んでなどいないし、ネギやナギに対して嫌悪感を抱いたりしているわけでもない。
 何よりも、恐怖公として名を轟かせる彼女が『たかが』人間の1人や2人に恨みや憎しみを抱いたなどと自分の格を下げることに繋がる。
 アシュタロスは人間に恨みや憎しみを抱く程に心が狭いとかそういう風評が出たらそれこそ大変だ。

 確かに人間に倒されることで名に傷がつくが、その回避策は既に用意してある。
 ぶっちゃけてしまえばもはや消化試合なのだ。

「うん、思い立ったが吉日。早速関係各所に連絡しましょう」

 うんうん、と満足気に頷きつつアシュレイは視線をネギに戻す。
 そこではネギが怒られていた。

 どうやら彼は紅茶の入ったポットを魔法で自分の傍まで持ってこようとして、落としてしまったようだ。

 とはいえ、その怒られ方は怒鳴られているというものではなく、優しく諭すようなものだ。
 アシュレイはそうやって怒っているアルビレオに感心する。

「ただ怒鳴るのは無能の証。たとえ怒りに任せていたとしても。諭すように言わないと言われた側はついてこないし、反感しか持たない」

 アシュレイのように恐怖と力で支配しているのならばともかく、どんぐりの背比べに過ぎない人間が怒鳴るだけではそうしている側のストレス発散にしか傍目には見えない。

 現に怒られているネギは素直に謝っており、そこには自分の非をはっきりと自覚し、次は気をつけようという気概があった。
 それからアルビレオは穏やかな笑みを浮かべ、彼の頭を撫でた。

「しかし、妙に手馴れているわね。子供のお守り」

 アシュレイは何でだろう、と不思議に思い……すぐに正解に辿り着いた。

「アスナの世話のとき、育児の本を読みあさっていたわ」

 黄昏の姫巫女と呼ばれていたアスナも、今ではすっかり普通の小学生であった。
 ひとえにガトウ達が必死に育児の勉強をして、色々と試行錯誤した結果。
 彼らはその育児経験をネギに生かしていたのだ。

「アスナの記憶も封印しなかったしね……」

 記憶を封印するかしないかでガトウ達はかなり揉めたが、結局のところ封印したところで解決にはならないという決断の下、そのままになっていた。
 アスナはその記憶を持っていてなお、普通の女の子として穏やかな日々を過ごしていた。
 ガトウ達の苦労が報われたのだ。

「あら、噂をすれば何とやら」

 アスナがやってきていた。
 彼女はネギとアルビレオに親しげに挨拶し、テーブルにあるクッキーを一つ食べつつ、適当な席に座る。

 アスナはガトウ経由でネギと知り合って以来、こうやってよく修行場に遊びに来ていた。
 血縁関係であること、年が近いことなどから彼らの仲は良い。
 雑談を始める3人にアシュレイはぽつりと呟く。

「……私って家族も友達もいないのよね」

 父といえる存在――アシュタロスはいたが、もはやいない。
 セトやロキといった面々も残念ながらアシュレイにとってはそういう風には見れない。
 今の彼女にあるのは強大な力と莫大な財宝、広大な領地、大勢の配下だけだ。
 
 婚約者にフレイヤがいるが、彼女は敬語でアシュレイに対して様付けであり対等な立場とは言い難い。
 エヴァンジェリンや近右衛門の先祖である近衛紅葉といったものが、友達と言えなくもないが、アシュレイからしてみれば前者は気安い部下、後者は庇護すべき人物という認識であった。
 帝釈天が唯一、友達に分類できなくもないが、彼の場合は友達と書いて好敵手と読む方が正しい。

 他の主神や魔王もアシュレイと同じかというと、そうではない。
 家族がいない者は多いが、友達は誰でも持っている。
 同格の主神や魔王と友垣を結んでいる。
 魔王連中は一匹狼が多いのでそこまで深くお互いに干渉したりはしていないが、ちょこちょこと魔王の誰かと誰かが酒場で飲んでいたとかそういう話をアシュレイも耳にする。
 だが、彼女にそういうお誘いはない。

 何故、アシュレイに友達がいないかというとそれはとても簡単なことだ。

「この世で私の思い通りにならないことはない。故に私は1人なのだ」

 友達や家族というのは思い通りにならない存在……否、思い通りになってはならない存在だ。
 もし、なったとするならばそれは部下、あるいは人形、あるいは駒である。

 そのとき、アシュレイは視線を感じ、そちらへと顔を向けてみればアリカがその瞳をアシュレイへと向けていた。
 アリカの表情からアシュレイはその心を読み取る。
 彼女の心にあったのはアシュレイの発言への悲しみであった。

「別に後悔してはいない。テレジア達もいるし、あなたもいるからね」

 そう言い、アシュレイはアリカの頭を撫でる。
 
「さて、映画の為に関係各所に連絡しないとね」

 とりあえず目の前のことを片付けようとアシュレイはあちこちに念話を飛ばすのであった。








「僕に映画の出演依頼ですか?」

 アシュレイが決めてから数日後、ネギは学園長である近右衛門に呼び出されていた。
 問いかけたネギに近右衛門は鷹揚に頷く。

「儂の昔からの知り合いというか、頭が上がらない方がおってな。その人物は極めて有名で、世界各国の首脳とも繋がりがある」

 その言葉にネギはごくり、と唾を飲み込む。
 加速空間を時折使っている為に本来ならまだ6歳の筈なのに既にその肉体は7歳程度にまで成長している。

「で、その方が君に目をつけてな」
「撮影の為にどこかへ行ったりするのでしょうか?」

 何とも難しそうな顔のネギ。
 幼い彼とて、映画に出演と聞いて嬉しくない筈がない。
 だが、彼にはやらねばならない修行があった。

「いや、それは大丈夫じゃ。何でもステルス機能がついた特殊カメラを使うとかでな。特に君が呼び出されるということはないし、台本があるというわけでもない」
「何だかドッキリみたいですね」
「そうじゃのう。じゃが、逆に台本がないということはリアルな君を撮りたいということなんじゃろう。君は君の思うように行動し、言葉を紡げば良いのじゃ」

 わかりました、とネギは頷く。
 その顔つきはとても子供とは思えない程に精悍だ。

 近右衛門はそんな彼を頼もしく思うと同時に不憫に思う。
 アシュタロスについて知っているが故に。

「時にネギ君や。修行もいいが、偶には遊びに行かんか? 浦安にある遊園地とかおすすめじゃぞ?」
「え、本当ですか!?」

 ネギは目を輝かせた。
 アルビレオやガトウ、あるいは高畑は何もネギを殺人マシンに育てようとしているわけではない。
 修行は厳しいが、それ以外ではネギに対して普通の子供として接していた。
 危ないことをすればしっかりと怒り、良いことをすれば褒める。
 また、時折麻帆良の公園に連れていき、同い年くらいの子供達と遊ばせたり、高畑やガトウの時間が取れるときは東京に遊びに行ったりもしている。

「うむ。子供は遊ぶことも勉強なのじゃ。一見無駄に思えることにもしっかりと意味がある」

 顎鬚を撫でながらそう言う近右衛門にはい、と元気良く言うネギであった。