Categotry Archives: 第3章 悪魔の戯れ

人間達の存在理由

「人間について?」

 エシュタルの言葉にエヴァンジェリンは頷く。
 加速空間で早100年、ようやく基礎が終わった彼女はある日、教師役のエシュタルにとあることについて尋ねてみた。
 それは人間とは何か。
 聖書にある通りに本当に神が造ったのかどうかという、エヴァンジェリンの純粋な興味からだ。

「人間はいわゆる神によって土塊から造られたとされているな?」

 エシュタルの確認の意味を込めた問いにエヴァンジェリンは頷く。

「アレは正しいが、間違っている。なぜなら、神が作ったものならば人間が悪の心を持つ筈がない。どんな神であれ、その属性は光だからな。闇を吹き込むことはできん」
「悪魔も携わっている、と?」

 エヴァンジェリンの問いにエシュタルは頷き、肯定する。

「悪魔も神々も信仰を得ることでより強大な力を得ることができる。ただ、悪魔の場合は個人としてはどれだけ恐怖されるか、ということでも力を得ることができるがな」

 エシュタルは一度そこで言葉を切り、エヴァンジェリンの反応を見ながら更に続ける。

「また人間達がどういう感情を持つかによっても左右される。この場合は個々人ではなく神族全体、魔族全体に影響する。人間達が正の感情を持つなら神族が強化され、負の感情なら魔族が強化される。無論、光と闇を持つ人間であるから、どちらか一方に偏るということはない。そういう風に人間を核として、神魔族どちらにもプラスとなるシステムが構築されているのだ」

 なるほど、とエヴァンジェリンは頷きだからアシュタロスは強大なのか、と納得した。
 エシュタルによれば先のハルマゲドンにおいて、神々すらも恐怖させたという。

 エヴァンジェリンは自分の決断が正しかったと実感する。
 力のない自分ではあそこで断り、人間界を放浪したとしてもあっという間に捕まって大変なことになっていただろう。

「人間はそういう神魔族の理由から造られた。勿論、アシュ様も私も生まれる前の話だ。もっとも、加速空間にいるおかげで実際の年齢と現実空間での時間経過の関係はイコールではないがな」

 エシュタルの答えにエヴァンジェリンは気が遠くなる話だ、と思った。
 そして、自分が人類の秘密をまた一つ、解き明かしたことを悟るが、誰も信じちゃくれないだろうな、と感じた。

「ま、そういうわけで人間は我々の家畜に過ぎん。それに魔法を人間達に教えたのも、同じような理由だ」
「ということは?」
「人間達が力を持てば争いが増える。争いが増えれば神に勝利を祈る者が、戦場で瀕死となった際に天国に逝けるよう、あるいは傷が治るよう祈る者が増える。そして、争いが生まれれば憎悪が生まれる。ほれ、神魔族の両方に恩恵があるだろう?」

 エヴァンジェリンは黙りこむ。
 悪魔は勿論、神々もまるで人間を争わせるようにしているが、先ほどのことも考えればそれはとても納得のいくことだ。

「確かに神族の中には弱き人間を守るべきだ、という者はいる。いわゆる穏健派だな。今は連中が主流だ。だが、中には我々魔族と同じように人間なんぞ家畜に過ぎんとする神族もいる」

 エシュタルは一度言葉を切り、エヴァンジェリンの様子を見つつ、更に続ける。

「ともあれ、穏健派であっても、人間を核としたシステムについては何も言わないし、人間達に魔法を教えることについても形ばかりの反対があった程度だ。マッチポンプというか、そういうものだな」

 エヴァンジェリンは与えられる情報に溜息を吐きたくなった。
 善の存在である筈の神も実は悪魔とあんまり変わらないということに。

「穏健派が人間を守ろうとするのは信仰のこともあるが、単純に人間は非力だからだ。要は哀れみとかそういったものからきていると私は思う」

 最後にエシュタルはそう言って締めた。

 ちなみにアシュレイはこれらのことを全て知っている。
 だが、彼女は彼女自身が何度も口にしているように、自分を崇める者に対してはとても友好的に接する。
 信仰とかそういうことを度外視して、だ。
 これは彼女が人間をただの造りもの、と考えていない証拠であった。
 また神族・魔族問わず、人間を家畜と思っている輩は多いが、ただの人形や造りものと思っている輩は皆無に等しい。
 人間は自らの意志を持ち、行動することができるからだ。
 造った側でありながら、神魔族共にある程度、人間を認めている証拠であった。


 エヴァンジェリンは全てを聞き終え、ポツリと呟く。

「……神も悪魔も行動とかはあんまり人間と変わらないのね」
「逆だ。そういうことをやっている神々と悪魔が造ったからこそ、人間もそうなった。本来なら先のハルマゲドンで人間は一度滅び、その後戦争に勝利した神々が完全な人間を造る予定だったらしいが、滅びなかったから今のままきている」
「完全な人間って何? それができると悪魔はどうなるの?」

 エシュタルはエヴァンジェリンが悪魔にまで考えが及んだことに感心した。
 神によって造られた人間は光にしかならないのだから。

「完全な人間は神々が造ったから光の存在となる。そうであるが故に何も悪いことをせず、そして光の上位存在である神々の言う事しか聞かない操り人形。そんなのが誕生すれば全ての悪魔が大幅に弱体化し、地獄から出ることすらできなくなるだろう」
「もしかして私もいなかったかもしれないの? そうなった世界だと」
「おそらく今、生きている人類はその世界には誰もいないだろうな。人間達は罪に塗れている。原罪と言われるヤツだ」

 エヴァンジェリンはピンときた。
 エシュタルが敢えて伏せたであろう、完全な人間のある特徴に。

「……完全な人間は永遠の命を持ち、自然との調和が完璧に取れるのね?」
「正解だ。もう一つ補足するなら、その完全な人間は白痴のように日々笑って過ごせるらしいぞ」
「……そんな世界にならなくてよかった」
「アシュ様から聞いた話によればそうなった場合、世界が滅びるらしい。最終的に悪魔が存在できず、光のみとなってしまってな。結局神族も滅びてしまうらしい。まあ、世界の滅びを回避するのは神族としても優先されることだが、彼らも戦争において多大な犠牲を払って勝ったのだから、怨敵である悪魔を消してしまおうという感情が優先されてしまってもしょうがない」
「コインの裏表だものね。どちらか一つでは存在できない」

 そういうことだ、とエシュタルは頷き、最後の最後で彼女は爆弾を投下する。

「ちなみにそれを回避する直接的な原因となったのはアシュ様だぞ?」

 過去、アシュレイが戦争に参加する際の条件として、ソドムとゴモラを害しなければ参加する、とアペプに告げている。
 彼はこの条件により、地球上では戦わず、宇宙空間で戦うことに決めた。
 これによって人類が滅びる理由が無くなり、この世界はその滅びを回避することに成功した。

 キーやんとサッちゃんの下に届いた報告書では神族は完全な人間を造った後、しばらくして魔族だけでなく、神族も共倒れとなってしまうことを悟り、慌てて完全な人間を全て滅ぼし、残っていた魔族達と協力して不完全な人間を造り出すことで再び悪をある程度蔓延らせようとしたが、その前に神族と生き残りの魔族達が滅んでしまうというものであった。
 無論、神魔族のバランスが崩れてしまえば世界が天秤の浮いた方に対して味方するのだが、余りにも神族側に傾いてしまった為、その滅びは回避できない。
 一見万能に見える世界であるが、真に万能であるなら世界が滅亡するという概念自体が出てこない。
 世界の修復システム――いわゆる、修正力と呼ばれるものにも限界があり、それを超えてしまったときが世界の滅亡だ。
 
 ともあれ、キーやんとサッちゃんが彼女……いや、彼を送り込んだ目的は既に達成されていた。
 役目を終えたアシュレイであるが、キーやんもサッちゃんも今更元の世界に戻れとかそういうことを言うつもりはさらさらない。
 彼女はもはや世界にとっていなくてはならない存在であり、かつ、彼女を観察していると楽しいからという理由であった。


 エヴァンジェリンは思う。
 本当にアシュタロスが悪魔なのか、と。
 故に彼女は尋ねる。

「アシュタロスって本当に恐怖公なの? 話を聞く限りでは英雄みたいなんだけど……」

 世界を滅びから救ったという事実だけを聞けば確かにアシュレイは英雄だ。
 だが、彼女は悪魔であった。

「人間牧場を作ったり、人間界を裏から支配しようとしているが、それでも人間達の間では英雄となるのか? 我々悪魔にとってアシュ様はそういうところを含めても英雄だが」
「……やっぱり悪魔なのね」
「それと、アシュ様と呼ぶかアシュタロス様と呼べ」
「前向きに善処するわ……私、砕けた口調で話しているから、様付けは違和感があるの」

 そう言うエヴァンジェリンにエシュタルは叫んだ。
 それは彼女の心の叫びだった。

「私だってアシュ様とタメ口で話したいのを我慢しているんだ! 私だってアシュ様にミドルネームをつけてもらいたいのに!」

 そんな彼女をフォローすべく、エヴァンジェリンは告げる。
 だが、それは特大の地雷となってしまった。

「私はあんまり好きじゃないんだけど……アタナシア・キティって」
「ちょっとこっち来い。この形態での私の全力を見せてやる」


 この日、エヴァンジェリンは数えきれない程、星になった。
 死んでも生き返るということを彼女は今日ほど後悔したことはなかった。













 エシュタルとエヴァンジェリンが色々な意味で仲良く遊んでいる頃、アシュレイは執務室で決断を迫られていた。
 彼女の傍にはレイチェルが不安そうな顔で見守っている。
 未だに人間の彼女は昨夜、アシュレイに美味しく頂かれていたりするが、そこはどうでもいい。


「アシュ様……」

 リリスが緊張した面持ちでその名を呼ぶ。
 その横にはリリムがじっとアシュレイの顔を見つめている。

「……わかった。私も魔王。心を鬼にして、勇気を振り絞って決断するわ」

 アシュレイはそう前置きし、数秒の間をおいて告げた。

「淫魔達を教会の隅々まで送り込み、全ての聖職者を堕落させなさい」

 リリスとリリムは重々しく頷き、そそくさと部屋から出て行った。

「ああ、私の淫魔達……」

 ずーん、と落ち込むアシュレイ。
 彼女からすれば全ての淫魔は自分のものなのだ。
 顔も知らない人間共には指一本触れさせたくない。

「あのアシュ様、その淫魔達は何人いるのですか?」

 レイチェルの素朴な疑問。
 彼女は教会という組織の巨大さを知っている。
 中途半端な数では逆に祓われてしまう可能性が高かった。

「んーと、この前の調査だと1500万人くらいいたわ」

 レイチェルは黙ってしまった。
 彼女も教会にいる聖職者の数は知らないが、おそらく、教会の聖職者全員に10人の淫魔を送り込んでもなお、余る人数であった。
 また、彼女は知らないことだが、アシュレイは定期的にこの1500万の淫魔達全員と加速空間で数千年費やして抱いていたりする。
 色々な意味でアシュレイは桁が違った。

「ま、それはともあれ、レイチェル。もっとあなたの体を味わいたいのだけど?」

 アシュレイの言葉にレイチェルは頬を朱に染める。
 彼女は昨夜の痴態を思い出し、更に顔を俯かせてしまう。
 アシュレイはレイチェルが人間達にレイプされたことなど関係ないとばかりにガンガンいってしまったのだ。
 どんな人間とやったときよりもレイチェルは快楽に溺れ、最後は失神してしまっていたりする。

「嫌って言わないってことは問題ないってことね」

 アシュレイの言葉にレイチェルは微かに頷いた。
 彼女が歳相応の少女となるのが、魔王の前だけというのが何ともシュールであった。