Categotry Archives: 第3章 悪魔の戯れ

悪魔らしい話し合い

 地獄にて必要なことを済ませたアシュレイは京都へと戻っていた。
 彼女はシルヴィアとベアトリクスから特に何もなかった、という報告をそこで受ける。
 忍びによる暗殺も諦めたらしく、桔梗の一件以後、襲ってくる者はいなかったとのこと。

 紅葉は久しぶりに会うアシュレイにはしゃいだりしたが、そこらは些細なことであった。



 そんなこんなで久しぶりに天ヶ崎家に戻ったアシュレイであったが、戻って早々千奈に呼び出された。






 応接間にて千奈とアシュレイは向かい合う。
 千奈は何やら思いつめたような表情をしており、その顔からアシュレイは面倒事が起きたことを悟る。
 部屋に入って数分程経過した頃、やがて千奈が口を開いた。


「あんさんが紅葉に入れ込んどるのはようわかるし、ウチが彼女の寂しさを紛らわす為にあんさんをつけたのも事実や」

 やけど、と千奈は告げる。

「残念やけど、状況が変わった。明日菜、あんさんは妖やからようわかるやろ? ウチらの世界やと力がないのは悪いことや。力がないは無能と同じや。無論、前線に出て戦うだけが陰陽師やない。書類纏めたり何だりするのも重要なことや」

 そこまで言って彼女は言葉を切り、アシュレイの様子を窺う。
 アシュレイは平然としている。
 彼女としても千奈の言わんとすることがよく分かる。
 アシュレイは強者であったが故に数多の弱者を蹂躙した。
 彼女にとって……否、魔族にとって弱いことは何よりも許されないことであった。
 
「紅葉を島流しにでも?」
「似たようなもんや。彼女は東へと行くことになった。表向きは東における妖魔退治の強化や。分家の纏め役の子が近衛本家に養子という形で入り、当主を継ぐことになった」
「ベアトリクスとシルヴィアからは何も聞いてないけども」
「そら当然や。紅葉のあずかり知らぬところで全部決まったんや。紅葉の傍についてただけなら分からんも当然」

 それもそうか、とアシュレイは頷く。

「おまけに、や。ついてく陰陽師はおらへん。紅葉と僅かな下男下女だけや」
「東に着く前に野盗か獣、もしくは妖怪にでも襲われて終わりね」
「ま、当初の謀殺からは穏便にはなったんやけど、それでも死の危険は極めて高い」
「ていうか、京都出てしばらく経った頃に適当な傭兵雇って殺させる……いや、そのまま報酬として傭兵達の慰み者になるとかそういうことになりそうだけど」
「せやろ。ウチもそうだと思う」
「一度、分家の纏め役と話をしておきたいわね」

 アシュレイの言葉に実は、と千奈は切り出した。

「明日菜と会いたいって話が先方からきとるんよ」
「そう……会いましょう。で、その分家の纏め役は何て名前?」
「近衛明日香。やり手や」
「すぐ会いたいわ」

 千奈に告げる。
 アシュレイの考えはとても簡単だ。
 彼女に近衛当主という地位よりももっと良いアメを与えてしまおう、とそれだけのことだ。
 不老不死、様々な知識などなど。

 人間に対するアシュレイの手札はほぼ無限であった。

「ま、ええやろ。打診してみるからちょう待っとき」

 もうこれで安心や、と安堵しつつ千奈はそう答えたのだった。
 













 そして数時間後、アシュレイは近衛明日香の屋敷にいた。
 彼女は広い応接間に通され、そこで近衛明日香を待っている。
 部屋には独特なお香の匂いがあった。
 それをアシュレイは魔の力を抑える為の清めのものである、と分かったが、彼女のような存在になるとその程度では全く影響を受けなくなるので何も問題がなかった。

 通されて10分ほど経ったとき、アシュレイはこちらに向かってくる人間にしては大きな魔力を感じた。
 なるほど、と彼女も思わず納得する魔力量だ。

 魔力が皆無な紅葉とは雲泥の差だ。
 千奈と比べてもまだ多い。
 魔力の多寡で優劣が決まるものではないとはいえ、多いほうが有利であることは間違いない。

 やがてその主は部屋の前で止まる。
 そして、さらに高まる魔力。

 アシュレイは感心した。
 先ほどと比べて実に1.7倍は上昇している。
 これが全開なのだろう。

 人間がアシュレイを感心させる、というのは中々無いことだ。
 そして、襖が開いた。
 アシュレイは目を細める。

 入ってきたのは10代後半の少女。
 長く艶やかな黒髪、白い手、ほっそりとした顔。
 そして、着物を押し上げるかのように存在を強調する大きな胸。

 アシュレイは決めた。
 紅葉の処遇とかそういったこと関係無しで決めた。
 あらゆる手段を使ってでも、目の前の女を自分のものにする、と。
 和服美人というのもアシュレイは大好きであるのは言うまでもない。

 そんな不純なことを考えているうちに少女はアシュレイの対面に座った。

「近衛明日香と申しますえ。よろしゅう」

 ゆっくりと頭を下げた。
 対するアシュレイはいつも通りに返事をする。
 勿論、頭を下げるなんてことはしない。

「明日菜よ。で、早速だけど……紅葉、殺すんでしょ?」

 単刀直入な物言いに明日香は動じることなく、頭を上げ、答える。

「殺さんと駄目どすわ。権力闘争も楽やないどすえ」
「逆に」

 明日香の瞳をまっすぐに見据え、アシュレイは問う。

「あなたが消えればいいんじゃないかしら? 私としては別に陰陽寮がどうなろうが知ったことじゃないもの」

 アシュレイは知っている。
 数百年後、陰陽師や魔法使いなどはもはや都市伝説化してしまうことを。
 オカルトの多くは科学により駆逐されてしまうことを。

「力無き人々を影から護る……それが陰陽寮どす。あんさんみたいに力の強い妖には分からへんやろうけども」
「弱さは罪よ。で、あなたはどうしてもそうするより他はないのね?」

 最終警告と言わんばかりのアシュレイの言葉。
 彼女は当初こそ不老不死などと引換えに紅葉に手を出させぬよう、と考えていた。
 だが、話を聞けば千奈と同じように陰陽師としての気構えをしっかりと持っていた。
 ただの欲狂いではなかった。
 これでは不老不死などのアメは通用しないだろう。

「当然どすえ。私はその為に心を鬼にしてそうするんどす。孫子も戦わん方が最上やと言うとりますし」

 ならしょうがないわね、とアシュレイはにっこりと笑った。
 明日香は嫌な予感を感じ、術を展開しようとしたが既に遅かった。
 アシュレイは明日香の後頭部に手を回し、自身の顔の目の前に強制的に持ってくる。
 そして、彼女の黒い瞳を自らの紅い瞳で見つめる。

「私の虜になれ」

 強烈な魅了が明日香に襲いかかる。
 無論、こういったものへの対抗策は明日香ならずとも陰陽師なら誰でもしている。
 だが、魔王であるアシュレイの魅了の魔眼を防げる人間は存在しない。

「あ、ああ、ああああ……」

 喘ぎにも似た声が明日香の口から溢れでる。
 アシュレイの魅了により彼女の精神は強制的に書き換えられていく。
 アシュレイを称え賛歌し、全てを肯定するかのような、犬となるように。





 10分と経たずに事は終わった。


「明日菜様……」

 うっとりとした表情でアシュレイを見つめる明日香。
 その息は荒く、白い頬は朱に染まっている。

「明日香、あなた、中々才能あるから不老不死にして、その後、地獄に連れ帰るわ。それで、そこで子をたくさん産んであなたの一族は未来永劫私に仕えなさい」
「はい……明日菜様……」
「とりあえず紅葉に手を出したりするのはやめること。あと、紅葉の子供が魔力持つようにするからそれで我慢しときなさい」
「はい……全ては明日菜様の御心のままに……」

 うんうん、と満足気に頷くアシュレイ。
 ぶっちゃけた話、彼女が最初からこうやっていれば万事丸く収まったのであるが、そこはそれ、紅葉がどんな境遇に置かれようとも彼女にとって瑣末事に過ぎない。
 何しろ、死人すら蘇らせることができる彼女だ。
 事前に対応せずとも何かあった、と聞いてから駆けつけても十分に間に合うのである。

「まあ、とりあえずは頂くとしよう」

 鶴江も何だかんだで不老不死になってくれなかったし、とアシュレイの心の中で呟く。
 残念ながら心身共にしっかりとしている鶴江は人間でありたい、とアシュレイに答えていた。

 アシュレイは結界を張り、邪魔が入らぬようにした上で明日香を押し倒す。
 抵抗することもなくむしろ興奮した様子の明日香。

「どういう風にしましょうか……ま、とりあえずは……」

 ありがちな調教でいこう、とそう決めたアシュレイであった。











「驚かんで……ウチは驚かんで……」

 そう呟くのは千奈。

 驚天動地、青天の霹靂。
 そういった言葉が似合う状況であった。
 紅葉排除の方向で動き始めていた分家連中は明日香が手のひらを返したことにより、方向を転換。
 分家に明日香に逆らえるヤツはいない為にとてもあっさりしたものだ。

 その出来事を引き起こした張本人は現在、須臾と、そして月詠を寝室に連れ込んでイタしている最中である。
 明日香をモノにした昨日に引き続き、性欲旺盛ないつも通りの彼女だ。

 確かに、千奈としては紅葉が助かって嬉しいが……アシュレイが何をしたのかは想像したくもない。


「ちゅーか……今更やけど、ウチってとんでもないバケモンを呼び込んだんかな……」

 鳥肌が立ってきた千奈であった。