Categotry Archives: 第3章 悪魔の戯れ

暇な連中の集い

「……最近暇だな」
「ああ……」

 シルヴィアとベアトリクスはサロンで紅茶を飲みつつ、暇を持て余していた。
 基本的にこの2人は戦闘要員なので、ハルマゲドンが終わった今、やることがない。
 アシュレイが余りにも突出した力を持っているので喧嘩を売ってくる輩なんぞおらず、鍛錬と書類仕事の日々であった。

「アシュ様が色々やっているが……私にも仕事が回ってこないものか」
「いや、私の方がお前よりも役に立つ」

 ベアトリクスの言葉にシルヴィアがそう言い、その豊満な胸を強調するかのようなポーズを取る。
 昔のベアトリクスなら怒るところだが、彼女はもはや達観していた。

「貧乳はステータスという言葉があるらしい」
「負け犬の遠吠えだな」

 シルヴィアの返し。
 だが、ベアトリクスは動じない。

「別に構わないだろう? 小中大、どれでも」

 そういう風に返されると困るのはシルヴィアだ。
 彼女としては少しでも暇を潰す為にベアトリクスをからかおうという魂胆。
 
「もう私は胸の大きさを気にしない。アシュ様が喜んでくれるなら、それでいい」

 そう言い、敢えて胸を強調するポーズをベアトリクスはとった。
 シルヴィアのものと比べたら非常に貧弱であるが、アシュレイを出されたらシルヴィアは沈黙せざるを得ない。
 彼女としても主が喜んでくれることが何よりも優先される。

「何をやっているんだ?」

 その声と共にフェネクスがやってきた。
 彼女もどちらかといえば武闘派なので、やることがなく暇であった。

「暇潰しに雑談していただけだ」

 ベアトリクスの言葉になるほど、とフェネクスは頷き、空いている椅子に座る。
 そして、メイドを呼び、彼女も紅茶を頼んだ。

「ところで最近、ディアナが妙な目で見てくるんだが」
「妙な目?」
「何と言うか……好色な感じなんだが……」

 フェネクスの言葉にベアトリクスとシルヴィアが顔を見合わせる。
 何故、ディアナがフェネクスにそういう視線を送るのか分からなかった。

「もう言っても構わないと思うから言わせてもらうが……フェネクス、あなたには一切性的なことをせぬよう、アシュ様から勅命が出されています」
「……だから淫魔とかも何もしなかったわけか」

 納得がいった、と頷くフェネクス。
 彼女は淫魔あたりが自分にアプローチしてくるか、と思っていたのだが、こちらにやってきてから何もそういうことがなかった。

「アシュ様に問い合せてみるのが一番いいんじゃないか?」

 シルヴィアの言葉にそれもそうだ、と頷くフェネクス。

「アシュ様が彼女に許可を出したなら、納得もいくが……」

 そう言うベアトリクスにフェネクスはまさか、と思う。

「ディアナが手を出すよりも、アシュ様が直接手を出される方が可能性が高いと思うんだが」

 フェネクスの言葉にそれもそうだ、と頷くベアトリクスとシルヴィア。
 
「何じゃ何じゃ、何の話じゃ?」

 そこへやってきた人間形態の玉藻。
 彼女に尻尾は無く、耳は人間のものだ。

「なんだ、ペットその2か」

 シルヴィアの言葉にむっと頬を膨らませる玉藻。

「妾には玉藻というアシュ様から賜った名がある! 謝罪と訂正を要求する!」
「まあ、それはどうでもいいとして……新米のお前にも分かるようにアシュ様について色々教えてやろう。暇だし」

 シルヴィアの提案に玉藻は逡巡する。
 名前は訂正はされていないが、色々知りたいのは事実。
 地獄については粗方学んだものの、アシュレイについては表面的なことしか知らない。
 故に玉藻は決断した。

 ここは九尾のプライドを敢えて捨てて、教えてもらう、と。

「教えて欲しいのじゃ」
「わかった。とは言っても、簡単に纏めれば、アシュ様が元人間で、その後女神として崇められて、魔王になったくらいだな」
「……何じゃそのいい加減な説明は。というか、元は人間じゃったのか……」

 玉藻は何やら合点がいったらしく、何度も頷いている。

「私も聞いたときは驚いて、ついで納得したものだ」

 懐かしそうにそう言うフェネクス。
 彼女はアシュレイが復活し、征伐戦争が終わった後にこっそりと聞いていたのだ。

「妾も色々な物の怪や人間を見ているが、あそこまで欲望一直線の輩は初めてじゃ」

 玉藻の言葉に何にも言えない3人。
 彼女達からすれば褒められているような貶されているような、複雑なものであった。

「というかの、妾が人間形態のときに誰かに抱かれたことは幾らもあるが……妾が本来の狐のときに抱かれたのは初めてじゃ。しかも無駄に気持ちよかった……」
「アシュ様はケルベロスともやれる御方だ」

 シルヴィアの言葉に玉藻は苦虫を噛み潰したかのような顔となった。

「あの犬畜生め……」
「何かあったのか?」

 ベアトリクスの問いに玉藻は重々しく頷く。

「アレは妾を見て、笑ったのじゃ。アシュ様のペットは自分、妾の席はない、と」
「ドレミは長いことアシュ様のペットだから仕方がないだろう」

 そう告げるベアトリクス。
 彼女はドレミのお世話係だから擁護してしまうのも無理はない。

「じゃが、それでもわざわざアシュ様は妾の封印を解き、抱いてくださったのじゃぞ!」
「アシュ様だからな」

 シルヴィアの言葉にうんうん、と頷くベアトリクスとフェネクス。

「何がアシュ様だからポヨ?」

 更にやってきたのは白衣姿のニジ。
 彼女は気分転換に散歩でも、と歩いていたら話し声が聞こえ、入ってきたのだ。

「アシュ様がいつも通りということだ。ところでニジ。あなたはいいのか? アシュ様、ベルフェゴールと共にレイチェルの吸血鬼化に関して研究していた筈では?」
「気分転換ポヨ。というか、あの2人がいれば私は実質的に何もやらなくていいポヨ。凄過ぎるポヨヨ」

 そこへ運ばれてくるフェネクスの紅茶。
 彼女が紅茶を頼んでからまだ3分と経っていない。
 一気に人が集まってきたのは皆暇をしている証であった。
 運んできた魔族のメイドは増えた人数に驚きつつも、再び転移で消えた。
 更に紅茶を運んでくる為だ。

 ニジは空いている椅子に腰を下ろし、やれやれ、と溜息を吐く。

「レイチェルの吸血鬼化での欠点はもう解消されるポヨ。アシュ様が拘って、灰色の瞳も残したいと言ったときはどうなるかと思ったポヨが……もう彼女はほとんど人間のまま吸血鬼としての能力を得るポヨ。アシュ様が霊基構造での差異を発見し、弄りまわした結果ポヨヨ」
「ふむ……彼女はどんな部署に配属になるのか、些か楽しみだ」

 ベアトリクスの言葉にフェネクスが答えた。

「テレジアの下でメイドではないか? 彼女はエヴァンジェリンのメイドを務めていたと聞く」
「だが、吸血鬼であるなら我々の下ではないか? 彼女は治癒魔法を用いた攻撃技を持つと聞いたが」

 シルヴィアの言葉に他の面々が興味深げな視線を送る。

「ああ、確かに治癒の応用でならできるポヨね」

 唯1人、ニジだけはわかったらしく、頷いている。

「簡単に言うとだ」

 シルヴィアはそう前置きし、続ける。

「過ぎた治癒は毒になる。強力過ぎると逆に細胞を破壊してしまうのだ」
「そういうことポヨ。我々魔族や神族にとっては肉体が致命的なダメージを被っても別に問題ないポヨが、人間界にいる生物にとっては掠っただけで回復不可能のダメージを負うことになるポヨ」
「確か、アシュ様が閃華裂光拳だ、と言ってた記憶がある。そういう技なんだろう」

 ニジが補足し、最後にシルヴィアが締めた。

「ただの人間じゃなかったということかの? そんな術が使えるなど……」
「いや、それは当然だ。レイチェルの一族は遙かな昔、アシュ様から魔法を教えてもらっている」
「魔法? あの西洋の連中が唱えているアレかの?」

 ベアトリクスはかぶりを振る。

「あんなのはただの子供の遊びだ。レイチェルが扱うのはアシュ様が直々に考案なさったもの。ラテン語などではなく、原カナン文字が使われている」
「……チンプンカンプンじゃ」

 さすがの玉藻といえど、大昔に存在した原カナン文字なんぞ知るわけがなかった。

「我々悪魔が使う魔法には劣るが、それでも人間から見ればとんでもない魔法を扱えると思っておけばいい」

 そう告げたベアトリクスに玉藻は問う。

「妾の術とどちらが上かの?」
「同じくらいではないか? というか、私としては未だに妖怪というものが悪魔なのか、それとも悪魔の亜種なのかわからん。吸血鬼は亜種だとアシュ様が言っておられたが」

 ベアトリクスの疑問に今度は玉藻が答える。

「妾の意見じゃが、全ての妖怪は悪魔の亜種じゃと思う。妾などのただの狐から成った者もおれば、元々妖怪として生まれた者もおる。ただ、いずれの場合も長い年月を掛け、怨念や瘴気に浸らねばならん。では、その怨念や瘴気を作り出したのは誰か、ということになる」
「基本、人間同士の争いからそういったものは生まれるポヨが、それでは弱いポヨヨ。それらを増幅させるもの……すなわち、悪魔がいなければならないポヨ」

 ニジの言葉に玉藻は頷いた。
 そして、元天使としての立場からフェネクスが口を開く。

「私は元天使であったのだが、光であれば闇の流れがよく見える。悪魔が現れたとき、その場に漂っていた極僅かな怨念やら瘴気は急激に増加し、またそういったものがないところであったとしても一瞬で湧き出した。玉藻の意見は合っていると思う」

 なるほど、一同頷く。
 そのときに運ばれてくる紅茶。
 もう増えてはいないことにメイドは安堵しつつ、去っていった。

「かなり逸れたが、レイチェルについてだ」

 シルヴィアの言葉にそういえば、と皆が思った。

「まあ、アシュ様がお決めになることだろう。我々が関与すべきことではない。きたらきたで鍛えればいい」

 フェネクスの結論といえるものにシルヴィアもまた頷く。

「何をしているのですか?」

 そこへやってきたのは刀を持った陣風。
 今日は黒い着物を着ている。

「暇潰しに雑談をしていた。陣風、あなたも加わりますか?」

 ベアトリクスの誘いに陣風は数秒思案し、頷いた。
 彼女は鍛錬する相手が欲しかったので、ベアトリクス達を探していた。
 だが、別に今すぐやらなければならないわけではない。
 故に彼女もまた話の輪に加わることにした。

「しかし、この面子で一番異端なのは陣風だな。アシュ様と戦いたいなんて」

 シルヴィアの言葉に同調するようにベアトリクスが口を開く。

「アシュ様の御力は帝釈天に匹敵するか、それ以上。そんな御方と戦いたいなど……」

 そんな2人に陣風が答える。

「例え敵わずとも戦ってみたい。この欲求は抑えられませんでした」
「気持ちはわかるな」

 フェネクスが同意と頷く。

「しかし、私は未だにあなたが堕天したことが不思議でなりません。天使にも色々事情はあったと思うのですが……」

 陣風はフェネクスにそう言いつつ、視線を向ける。
 元々下級の鬼神に過ぎない彼女はそうした事情を知る術がなかった。
 時間も経っているし、本人に聞いても問題ないだろう、と彼女は思ったのだ。

「天使の待遇の悪さは笑ってしまう程でな。おまけに好色な神々にセクハラされて……天使はヤッさんの部下なんだぞ……」

 遠い目をしてそう答えるフェネクスに陣風は聞かない方がいいこともある、ということを悟った。
 陣風からすれば帝釈天はともかくとして、セクハラなんぞは想像もできなかった。
 自分に厳しく、他人を慈しみ、罪を犯した者に試練を与え、救済する……そういった神々しか彼女は知らなかった。

「まあ、お前はまだ若い。色々知っていけばいいさ」

 フェネクスの言葉にこくり、と頷く陣風。

「ところで、エヴァンジェリンはどこまでいったポヨ? 誰か進捗状況を教えて欲しいポヨヨ」

 基本、研究室に篭りっぱなしのニジは情報に疎い。
 そんな彼女の問いにベアトリクスが答える。

「エシュタルが加速空間で教えている。最新の報告だと中級魔族程度にはなったらしい」
「ふむふむ……魔族と関わりがなかった人間がどこまでいけるか興味があるポヨ」
「レイチェルはあくまで人間だったしな。教えたとはいえ、エヴァンジェリンが魔族について詳しく知ったのは最近だ」

 シルヴィアの言葉に玉藻とフェネクス、そして陣風も興味を示す。

「エヴァンジェリンは見たことしかないのじゃが、何でも不死の子猫というらしいではないか。それに相応しく可愛らしかったのぅ」

 そう言う玉藻にベアトリクスが爆弾を投下する。

「その名……ミドルネームというものだが、それはアシュ様がつけたらしいぞ。エシュタルがこの前、自分も欲しいと愚痴っていた」

 その爆弾に沈黙する一同。
 彼女達の心は言わずとも分かる。
 アシュレイにそういうものをつけてほしい、と。

「そのミドルネームはとりあえず置いておいて、エヴァンジェリンは結局、どんな魔法を使うポヨ? レイチェルが扱うものと同じポヨヨ?」

 ニジの問いにシルヴィアが答える。

「今の人間達が使っているのと同じ魔法だ。レイチェルのと同じものを学ぶのはタイムロスが大きいそうだ。もっとも、時間は腐るほどあるから、とりあえずという形だ」

 なるほど、と頷くニジ。

「エヴァンジェリンは戦闘要員だろう。おそらく」

 フェネクスの言葉に誰もが頷く。
 素質が高いが故に事務仕事で腐らせるのは勿体無かった。
 フェネクスは更に続ける。

「今、彼女は中級魔族程度の力。神族にもマークされ難い。人間界での戦闘要員には最適だろう」
「アシュ様の進めているものには彼女を総司令官とした地上侵攻計画があるらしい」

 フェネクスに続き、ベアトリクスがそう言い、更に続けた。

「我々はしばらく出番なしだろう。地球上で戦うと地球が壊れてしまうからな」

 その言葉に多くの者が溜息を吐く。
 誰でも出番は欲しかった。