Categotry Archives: 第3章 悪魔の戯れ

それぞれの前進


 ある日、アシュレイは悩んでいた。
 エヴァンジェリンの修行は順調で、現実空間でもうすぐ1年、加速空間だと8760年が経過する。
 エシュタルから特別に悪い点は見つからない、という報告がきているので、このままエヴァンジェリンはアシュレイの部下となるだろう。
 そこは問題がなかった。
 問題はレイチェルだ。
 彼女自身に悪い点は見つからない。逆に良すぎるが故に問題となる点がたった一つあった。

「レイチェルの血、これ以上無いくらいに濃厚で美味しいのよね」

 数千年にも渡ってアシュレイのことだけを思い続けてきた彼女の一族。
 そんな一族の末裔であるレイチェルの血がアシュレイにとって不味いわけがないのだ。

「予想だと吸血鬼化したら味が落ちるのよね。若干酸味が強くなる筈……」

 勿体無かった。
 最高級のワインに等しいレイチェルの血が。
 故にアシュレイは悩む。
 レイチェルに闇の福音計画のことを教えて承諾を取った手前、実行せねばアシュレイの沽券に関わる。
 かといって、彼女の血を捨てるのは惜しい。

「……素直に言ったら許してくれるわよね?」

 つまり、吸血鬼にせず、人間のまま不老不死かつ不死身となってもらうのだ。
 不老不死で不死身な人間はもはや純粋な人間ではないが、それでも一応人間である。
 詳しいことは計算せねば分からないが、吸血鬼化よりは味が落ちないだろう、とアシュレイは考える。

「闇の福音計画を多少変えればいいか」

 吸血鬼にするだけでなく、幅広い術を用いて力を与える、という風にすれば問題は特にない。
 闇の福音計画がどれだけ行き当たりばったりのものか、よくわかる証拠だ。


 そんなこんなで、アシュレイは早速レイチェルを自室に呼び出した。




「アシュ様、何か御用ですか?」
「闇の福音計画についてなんだけども……吸血鬼化するとあなたの血が不味くなるから、別の方法で不老不死とかになってもらうことにするわ」
「あ、はい……私は別に構いませんが……」

 あっさりとレイチェルは承諾した。
 そもそもアシュレイの決定にレイチェルが異を唱える筈がない。

「で、早速だけど人間のまま不老不死で不死身になってもらうから。で、耐久度的には吸血鬼と同じくらいだけど、身体能力はやっぱり吸血鬼より落ちると思う……」

 瞬間、アシュレイは閃いた。
 吸血鬼も元は人間。
 なぜ、吸血鬼の身体能力が高いかと考えると……

「……吸血鬼は霊基構造の変異……幸い、サンプルには自分とエヴァンジェリンがいる。ならばこそ、いいとこどりできるかしら?」

 要は吸血鬼にしたことでレイチェルの血の味が落ちるのが問題だ。
 その味の落ちる原因を突き止め、そうならないようにすれば全く問題はなくなる。
 アシュレイ自身の霊基構造とエヴァンジェリンの霊基構造、そしてレイチェルのものを比較研究すれば問題点が突き止められる。
 解消できればそれでよし、解消できなければ代案として人間のまま不老不死で不死身となってもらえばいい。

「レイチェル、ちょーっと研究に付き合ってもらうわ。ああ、あまりにもいい加減過ぎたわね、私……」

 原因を調べる努力もせずに安易な方向へ流れてしまうのは魔王としていかがなものか。

「私は構いません。アシュ様の御心のままに」

 そう告げるレイチェルであった。















「このくらいかしら……」

 リリスはぐったりと豪華なベッドに横たわり、幸せそうな寝顔の中年男性を見つつ、そう呟く。
 現在、彼女は教会堕落計画の一環として時の教皇と一戦致した後だ。

「ああ、薄いし不味いし下手だし……早くアシュ様と寝たいわ」

 そうぼやくリリスだが、それはこの計画の為に出動している全ての淫魔の心を代弁していた。
 アシュレイの味を知ってしまった彼女達からすれば、人間は到底満足できるシロモノではなかった。

「お母様、終わった?」

 やってきたリリムにリリスは溜息混じりに頷く。
 なお、リリムもまた枢機卿と寝ていたりする。

「もういいんじゃないの? 十分、こっちの言うことは聞くようになったでしょ?」
「駄目よ。まだアシュ様が満足するレベルには達していないわ」
「アシュ様もとんでもないことを考えたわ……さすがというか何というか……」

 アシュレイによる教会堕落計画。
 神界は勿論、サッちゃんをはじめとした多くの魔王達も知らぬ中でこっそりと進められている。
 神族といえど、四六時中教会を見張っているわけではないので非常にバレにくい。
 その計画の内容は神界が聞けば震撼するものだ。

「まさか信仰をそっくりそのまま盗むなんて」

 リリムの言葉にリリスは同意と頷く。
 信仰を盗むというのは分かりにくい表現だが、信仰対象をアシュレイへとするよう広めるのだから、盗むという表現は間違っていない。
 無論、そのままアシュタロスやイシュタルを崇拝するように、なんてすれば誰が黒幕か丸分かりなので、名前を出さずにアシュレイの像を造り、最新の神学ではこれが神の姿だとかなんとかでっち上げるのだ。
 この時代、教会の権力は絶大なのでその影響力は言うまでもない。

 何も知らぬ一般庶民は有り難がって、アシュレイを信仰するようになるだろう。
 そうすればアシュレイの力が上がる。
 例えバレるまでの一時的なものだとしても、バレたときにアシュタロスがやった、と広めれば何と恐ろしい悪魔だ、として人間達から恐怖の対象となる。
 そうなればやっぱりアシュレイの力が上がる。
 どちらに転んでも一石二鳥という素晴らしい計画なのだ。

 他にもアシュレイ個人を崇拝するように教育する修道女学校を造らせたり、戦争孤児を保護・教育する為の孤児院をこしらえたり、教会にお布施として寄付されたものを地獄へ送ったり、魔女裁判で酷い目に遭う女性を救ったり、と副目的は多くあった。
 言うまでもないが、修道女学校は神とは誰か、ということを知らないマトモな教育を受けられない孤児達を優先的に入学させ、神=アシュレイのイメージを植えつける。
 無論、孤児院も同じことだ。
 読み書きすらマトモにできない子供がこの時代では遙かに多いからこそできること。
 聖書を読めなければ神様がいるとは知っていても、誰が神様なのかは分からない。
 また、子供はあっさりと信じてしまうことからとても楽であった。
 孤児院や修道女学校では別の魔族が人間に化けて読み書き計算、そしてアシュレイの素晴らしさを教えることになっている。

 そういうわけで、全ての目的が達成されるか、神族にバレるまでリリスやリリムなどの淫魔達は言うことをきかせる為に教会の聖職者達と寝る必要があったのだ。


「でも、多すぎないかしら?」

 リリスが問いかける。

「何が?」
「聖職者1人に平均12人の淫魔がいることよ。私はよく指名されるけど、他の子だと数日に1回の頻度でしょ?」
「そこら辺はしょうがないわね。暇なら女の子を探して堕落させてくれば?」
「無理じゃないの? 教会に多く来ているとはいえ、残りの子が捜索に従事しているから、いい子はもう皆地獄へ行ってるわ」

 淫魔が人間の女を堕落させて地獄へ連れて行く……普通なら人間の女も抵抗するところだが、まず淫魔が快楽を味合わせ、思考力を奪った上で不老不死にならないか、と問いかけてくるのだから、まず抵抗は難しい。
 そこで拒否すれば淫魔は一応は引き下がるが、次の日には徒党を組んでやってくる。
 どんな人間も複数の淫魔に集られれば堕ちる。
 その快楽を味わいたいなら、地獄へおいで、と誘うのだ。

 対象が魔法使いであろうとも、老化は最も恐れる事態だ。
 たとえ自分の外見に頓着しない魔法使いであったとしても、老化すればそれだけ力が衰える。
 避けたくても避けられない老いは恐怖だ。
 そこに与えられる不老不死という甘い誘惑……拒否するのは難しい。
 敢えて承諾し、不老不死となったら暴れて悪魔を退治するというのも難しい。 

 地獄に連れて行かれたとしても、そこで待ち受けているのは凄惨な拷問などではなく、堕落した毎日だ。
 好きなドレスや装飾品を身につけ、最高の料理とワインを好きなだけ味わい、日々のんびりと過ごす。
 働く必要はなく、また争いもない。
 どろどろとした権力闘争も、魔物が襲ってくることも、魔女裁判に掛けられることもない。
 そんな生活を体験して、堕落しない人間はいない。
 贅沢に慣れると収入が激減しても贅沢をしてしまうように。


「しばらくは我慢するしかないわね」

 リリムの言葉にリリスは再び溜息を吐いたのだった。













 一方その頃、神界にあるフォールクヴァングと呼ばれる宮殿では――


「……アシュタロス様」

 そう名前を呟いてはごろごろとベッドを転がる美しい女性。
 見た目、10代後半の彼女はこの宮殿の主、フレイヤであった。
 彼女は1日の大半を自室で引き篭っていた。

 性格矯正が諦められた後から……というか、矯正しようと周りが頑張っているときもずーっとこの調子であった。
 彼女はアシュレイの写真を手に入れており、愛らしい彼女がどういうモノを生やしているか、とても興味があった。
 フレイヤは神族の男を片っ端から口説いているが、勿論、神族の女もまた口説いている。
 ただ男の方がよりバレやすいというだけであった。
 
 フレイヤからすれば別に人の形をしていなくともいいのだ。
 過去、彼女にはオッタルという人間の愛人がおり、彼を猪に変化させてその背に跨り、散歩していた。
 無論、猪のまま致したことも何回もある。


 ともあれ、彼女は自分がアシュレイに抱かれている姿を妄想してはごろごろと転がる日々。
 斉天大聖が言ったことは当たりであった。
 さっさと結婚しろよ、と父からも兄からも言われているが、恥ずかしい、とフレイヤは会うことすらしていなかった。
 会ったらもうその場で子作りをしてしまう可能性が高いが故に。
 さすがのフレイヤも、父と兄がいる前での子作りは控えたい。

「……ああ、アシュタロス様……私、あなたが素敵過ぎるが故に近づけませんわ……」

 そう呟き、彼女はハッと気がついた。
 会えないなら、手紙を出せばいいのだ、と。

「ああ、私としたことが……これなら誰にも見られずに色々聞けますわ」

 そういうわけで早速、フレイヤは机に向かった。
 そして、つらつらと書いていく。

 彼女の気持ちから始まり、自分の性癖などなど。
 後半は完全に女神が書いたとは到底思えない卑猥なものとなっていったが、フレイヤは気にしない。
 なぜなら彼女はつい最近、会いに来た斉天大聖からあることを聞いていた。
 彼はアシュレイが会いたがっているとわざわざ直接伝えにきたのだ。
 そのとき、彼は言った。
 アシュレイが部下の女を抱き、かなり特殊なプレイをしている、ということを。
 彼が妙神山に滞在している間に行われたアシュレイと陣風のプレイを知らないわけがなかった。

 それによりフレイヤはアシュレイにより親近感を覚えてしまったのだ。

「ふぅ……できましたわ。あとはこれを……斉天大聖に届けてもらえばいいですわ」

 破天荒だが、信頼・信用ができる斉天大聖であった。
 そして、この手紙により、アシュレイとの関係が一気に進展することになるとは書いたフレイヤ自身も思っていなかったのだった。