Categotry Archives: 第2章 我が名はアシュタロス

我が名はアシュタロス

 
 戦況はほぼ互角であった。
 神族魔族、両者共一歩も譲らず、死力の限りを尽くして戦っている。
 テレジア達もまた主神や上級神族相手に一歩も引かずに殴り合いを演じている。
 その様子をアシュレイはまったりと観戦していた。
 今はまだ彼女にとっては他人事。
 しかし、次の瞬間、アシュレイは身を乗り出した。

 スクリーン上にある一際大きな赤い駒。
 それは魔王クラスを示しているが……それが唐突に消えた。
 魔王の1人が敗れたという報告を聞き、彼女はゆっくりと席から立ち上がった。
 
「征く」

 短く告げ、アシュレイは暗黒の宇宙へと転移した。














 宇宙空間を進みながら、彼女は逆天号からの報告を聞く。
 それによれば神族・魔族共に魔王が敗れたことに気を取られているとのこと。
 遠見魔法でもって、適当な神族達を見てみれば、バカみたいに全員が全員、敗れた魔王がいたところを見つめている。
 あと1分もしないうちに戦場は凪をやめ、荒れ狂うだろう。やるならば今しかない。

 アシュレイはすぐさまその身に暗黒体を纏う。
 三つ首七尾の巨大な竜。
 新たに現れた膨大なエネルギーを放つ魔王クラスの暗黒体に、神族魔族問わず、誰もがアシュレイの方向へと目を向けた。
 しかし、そのとき既に彼女の攻撃は開始されていた。

 三つの口から放たれる全力のブレス。
 その速さは光よりも速い。
 彼女が狙ったのは今回のきっかけをつくった怨敵、帝釈天。
 しかし、ブレスは彼の周囲を守っていた仏教系神族を焼き払ったに過ぎなかった。
 それをきっかけに凪は終わった。

 アシュレイ目がけてすぐさま天使達が動く。
 数えるのもバカらしい程に膨大な数の天使達がアシュレイ目がけて飛んでくる。
 神々しいその軍勢から放たれる神霊力を圧縮した光線――神霊砲。
 天使達と同じ数だけ撃たれた膨大な破壊エネルギー。
 惑星1つ消し飛ばしてしまう程の威力だが、アシュレイには通じない。
 全ての神霊砲はアシュレイに当たる手前で次元転移シールドに逸らされる。

 お返しとばかりにアシュレイはブレスを放つ。
 3つの首から放たれるブレスはより広範囲を薙ぎ払おうと首をあちこちに動かす。
 向かってきた天使の半数以上は回避が間に合わずに蒸発し、また流れ弾として結構な数の魔族にも当たり、同じく蒸発した。
 それに慌てて魔神未満の魔族達が離れていく。

 その圧倒的な威力の攻撃、そして無敵に等しい防御を前にしてなお、天使達は挫けない。
 次元転移シールドのことは彼らもまた知っている。
 だが、より接近して放てばダメージを与えられるかもしれない……そう判断し、散開しつつ、高速で接近してくる。
 だが、その向かってくる天使達の中での最高位は智天使。
 熾天使ですら敵わないアシュレイに、それ以下の天使がどれだけ集まろうと敵う筈がない。

 アシュレイは魔法を使う。
 この状態の彼女はもはや呪文名を告げる必要すらない。
 瞬間、彼女を中心に積層型の立体魔法陣が高速で構成されていく。
 何事だ、と天使達は進軍をやめた。
 その魔法陣は半径数kmにまで達したところでようやく、完成する。
 天使の軍勢は魔法陣の外側で様子を窺っていたが、彼らは感知した。
 急速に空間が歪んでいくことを。
 まずい、と離脱しようとしたときには既に遅かった。

 魔法陣の内外が一気に爆発した。
 その爆発により、天使達以外にもアシュレイに群がろうとしていた上級神族達は巻き込まれ、命を散らす。
 空間を歪ませ、一気に元に戻せば反動でもって大爆発が起きる。
 通常の爆発ではない故に広範囲に対して高威力を誇るこの魔法にアシュレイはイベポレーションと名付けた。

 近場の雑魚を一掃したアシュレイはその巨体を光速で動かす。
 転移は使えない。
 出現時に空間の歪みが生じるという決定的弱点があるからだ。
 アシュレイは自らに近寄ってくる雑魚を跳ね飛ばしながら、一直線に帝釈天一派の下へ向かう。
 乱戦となっては手近な敵を攻撃するしかないのだが、敢えて彼女は帝釈天一派を狙いに定めた。
 とりあえず、殴っておかなければ彼女の気が済まなかった。
 向こうもまたアシュレイに気づいたのか、名だたる仏教の守護神達……すなわち、武神や鬼神達が立ち塞がる。
 彼らの戦闘スタイルは近接戦闘。
 槍や剣などの武器を手に手に、一直線にアシュレイ目がけて突っ込んでくる。
 その顔に臆した様子は微塵もなく、むしろ楽しそうに笑みを浮かべて。

 アシュレイは飛び掛ってくる彼らに嘲りを込め、全方位の念話で告げた。

『かかったなアホが!』

 瞬間、アシュレイの四方に展開される金色の盾。
 それらはくるくると彼女の周囲を回転している。
 突っ込んできた彼らは不思議に思ったが、躊躇なく攻撃を仕掛けた。
 当たれば致命傷となるだろう、それらの攻撃にアシュレイは何もしない。
 彼女はただ挑発する為に先程の言葉を言ったわけではない。
 次元転移シールドの弱点を埋める、いやらしい魔法が既に仕掛けてあった。

『このまま滅びるがいい!』

 何もしないアシュレイに斬りかかってきた鬼神の1人が告げ、金色の盾とその剣の切っ先が接触した瞬間、彼の体は砕け散った。
 同じように斬りかかった、あるいは槍で突いた者全ての体が砕け散っていた。
 復元する様子はなく、永久原子まで砕かれてしまったことが分かる。

 アシュレイの仕掛けたいやらしい魔法は反射。
 彼女全体を覆う一種の結界により、その効果は引き起こされる。

 金色の盾はその結界を発生させているものに過ぎず、この盾に触れようが触れまいが、攻撃を仕掛けた者全てにその攻撃の威力が跳ね返る。
 彼らは全力で攻撃したが故に跳ね返った自らの全力の攻撃で虚しく命を散らしたのだ。
 アシュレイは一体何が起こったか理解できていない仏教系神族にそのブレスを見舞う。
 帝釈天をはじめとした上位者達はどうにか反応できたか、それ以外の下位の鬼神や武神達は回避もままならず、光に消えていく。

 これはまずい、と誰もが――帝釈天すらも思った。
 彼らは理解した。
 遠距離攻撃は無効化され、近距離攻撃は跳ね返されるということを。

 そんな彼らに対し、アシュレイは咆哮を上げる。
 衝撃波となってそれは周辺に広がり、下位神族達を潰していく。
 彼女はそれだけに留まらず、回避した帝釈天をはじめとした武神達目がけてブレスを連続して放つ。
 彼らはそれを軽々と回避していくが、一方的に攻撃されるという状況は精神的に非常に悪い。





 数分が経過した頃、1人の武神が飛び出した。
 三面六臂のその姿にアシュレイは一度、攻撃の手を止めた。
 攻撃が無くなったことを好機と見た彼……阿修羅はその手にもつ様々な武器を使わずに突進する。
 自分の攻撃が反射するのならば、動きを封じ、その首を潰せばいい、と彼は考えた。
 確かにこれならばアシュレイに直接触れているのだから、反射はない。

 だが、アシュレイが阿修羅のような輩にその身を許すわけがなかった。
 彼女は阿修羅に取り付かれる寸前にその21の眼を光らせる。
 するとたちまちのうちに阿修羅の体が腐っていく。
 予想外の攻撃に彼の動きが鈍ったその瞬間、アシュレイは全ての首を伸ばし、彼の体に噛み付いた。
 肉を抉り、骨を砕き、血を啜る。

 宇宙空間故に音こそ無いが、凄惨極まる光景であった。
 阿修羅を助けようと、様々な神族が上下左右前後から攻撃を仕掛ける。
 しかし、反射が怖いのでそれは全て神霊砲などの飛び道具だ。
 全ての攻撃が次元転移シールドにより逸らされてしまう。





 ここで帝釈天は博打に出た。
 それは槍を投げたらどうなるか、というもの。
 投げられた槍の威力は持ち手に跳ね返るのか、それとも跳ね返らずに槍が砕け散るだけか。
 前者ならばアシュレイに手を出す術は無くなる……だが、後者ならば?
 試す価値は十分にあり、早速彼は毘沙門天に指示を下した。
 彼はその命を受け、その手に持つ三叉戟――いわゆるトライデントをアシュレイ目がけて全力でもって投げた。
 それは光速の数倍の速さで彼女目がけてまっすぐに飛んでいく。
 しかし、アシュレイは回避もせずに阿修羅の咀嚼を続ける。
 阿修羅の肉を食べ、血を啜るごとに彼女は自身の魔力が上昇していることを感じ取っていた。

 そんな最中、毘沙門天の投げた三叉戟が飛来するが、それは反射結界に当たり、木っ端微塵に砕け散る。
 しかし、毘沙門天にその威力は跳ね返らなかった。

 すぐさま、帝釈天は実体のある武器を投擲するよう命じる。
 彼の命を受け、配下の武神や鬼神達がその得物を次々と投擲していく。
 これらの武器は彼らの一部であるので、すぐに新しいものをその場で作り出すことが可能だ。
 故に制限などなく、夥しい数の武器が投擲される。

 それらは全て反射により武器自体は砕け散り、アシュレイには何の影響もないように見える。
 だが、膨大な数をぶつけられたことで金色の盾は消耗していた。
 この盾はアシュレイの膨大な魔力により構成されているとはいえ、その耐久度は有限。
 一度壊れたら再び発生させなければいけない。

 アシュレイもまたそれを承知で阿修羅を咀嚼し続け、そして食べ終えた。
 盾には既にヒビが入り、すぐにでも壊れそうだ。
 彼女は自らの不利を演出すべく、飛来する武器の軍勢に腐食の魔眼を使い、溶かしていく。
 しかし、膨大な数の軍勢を、1つの頭につき7つ、合計21の魔眼で全て腐らせるには無理があった。
 数百個単位で反射結界に着弾し、その耐久度が削られていく。




 
 やがて、限界がきた盾は結界と共に砕け散った。
 瞬間、帝釈天は自ら先陣を切ってアシュレイ目がけて突撃を開始した。
 乱戦となったことで彼は象には乗っていないので身軽だ。
 彼女とは距離にして100km程度であり、彼のいる位置がアシュレイに最も近い。
 光速よりも速く動ける彼にとって、反射のないアシュレイはもはやただの獲物に過ぎない。
 次元転移シールドは過去、堕天する前のミカエルにより報告され、解析の結果、質量のある攻撃に極めて弱いことが判明していたからだ。



 傍目から見れば、アシュレイは危機的状況にあるといえるだろう。
 しかし、当の本人は極めて冷静であった。
 彼女はアシュタロスに数学を叩き込まれている。
 最も近い帝釈天が反射が切れた瞬間に攻撃する確率が最も高い、と割り出した。
 そして、彼が自分より素早いと仮定し、攻撃を仕掛ける位置までどのくらいの時間が掛かるか割り出していた。
 そして、新しく反射結界を張るのとどちらが速いかを比較した。






 その結果、1マイクロ秒の差で自分の方が速い、と出た。
 
『闇に滅びを!』

 そう叫びながら帝釈天は斬りかかる。
 次元転移シールドを切り裂き、アシュレイの巨体にその刃が食い込もうとしたその瞬間。




 輝かしい金色の盾がアシュレイを守護せんと再び現れる。
 そして、その効果はただちに発揮された。



 帝釈天は体のあちこちから勢い良く鮮血を吹き出し、その動きを止めた。
 好機と見たアシュレイはその体に食らいつき、阿修羅と同じようにその身を喰らい始めた。
 阿修羅などとは比較にならない程の神霊力に満ち溢れたその肉を喰らう度に、彼女の魔力は幾何級数的に増えていく。
 
 自分達の大将がやられている状況に毘沙門天達は黙っていられなかった。
 彼らはどうにか助けようと遮二無二突撃し、自滅覚悟で斬りかかってくる。
 帝釈天は喰われながら、自分を助けようとして自滅していく部下達を見、悲痛な思いに駆られた。
 そして、同時に彼はアシュタロスの狡猾さを称えざるを得なかった。
 彼は確かに過激な武神ではあるが、相手が自分よりも上手であったとき、それを認めないような暗愚ではない。
 故に彼は自らを喰らうアシュレイに念話を送った。

『汝の戦、見事なり』

 彼女は思わぬ言葉に驚きながらも、それに返す。

『あまねく我が名を広めよ』
 
 そこで一度言葉を切り、帝釈天に自らの名を永遠に覚えさせるよう、アシュレイはゆっくりと告げる。



『我が名はアシュタロス。地獄の大公爵なり』