Categotry Archives: 彼女になった彼

ハンニバルに学ぶ

 

「……何かおかしいわね」

 賈詡は望遠鏡で敵の動きを見ながら呟いた。
 彼女から少し離れたところには公孫瓚、そして50の脱走兵がいる。

 賈詡は様子を見てくると数刻前に告げ、少し前へと出ていた。
 彼女は劉璋軍と烏丸との戦いを望遠鏡にて観察しつつ、両者の戦闘後、高順軍が突入したときはさすがに驚いたものの、それも敵の隙を突くものだとすぐに理解し、特に心配はしていなかった。
 だが、その後の烏丸の動き――まさに現在進行形のその動きがおかしかった。

 離脱していった高順軍を追撃する者は少なく、多くの者は劉璋軍の陣地に留まっていた。
 その後、離脱した高順軍が戻ってきたが、それからしばらくして高順軍と烏丸が一緒に仲良く後方へと下がっていった。
 お互いに攻撃し合っているという状況ではなく、お互いに味方であるかのように。

「……降伏させたのなら、どういう手を使ったのかしらね」

 そう呟きつつ、そういえばと賈詡は思い出した。
 高順は空城の計を使う、と言っていたことを。

 空城の計――
 陣や城などを無人あるいは少数に見せて疑心暗鬼に陥らせる策。

「ああ、自分の知名度をうまく使ったのか」

 無為無策で突っ込んで、自分が少数で突っ込んでくるには理由がある、と適当なことを言ったに違いない、と賈詡はあたりをつけた。

「ともあれ、やることに変わりはないわ。今はまだ待ちの一手ね」

 そう呟くと賈詡は望遠鏡を下ろしてコキコキと肩を鳴らし、馬首を返し、公孫瓚達のところへ戻ったのだった。

 

 


「何か釈然としないんだが……」

 そう言う夏侯惇とは対照的に典韋と許褚は目を輝かせていた。

「すごいすごい! さすが高順様!」
「たった1人で敵を降伏させるなんて本当に凄いです!」

 高順は典韋と許褚の頭を撫でてやりつつ、夏侯惇に告げる。

「まあ……出番を奪って申し訳ないというか、私としてもコレは想定外だった」

 高順をはじめとした将兵の予想では追撃の烏丸と死闘を繰り広げることになるだろう、とそういうものであった。
 確かに陣地突入により、死傷者はそれなりに出た。
 だが、軽傷者を含めても300名余りの損害であり、かなり軽い方といえるだろう。
 後方に回り込んでいた筈の烏丸は劉璋軍が壊滅したという報告を受けたのか、中途半端な包囲で終わらせ、さっさと自陣へと戻ったらしく、かち合うことはなかった。
 

 とはいえ、高順軍の虎の子の騎兵はたった1000名。
 そこから300名が戦線離脱と考えれば3割損耗であり、軍隊の損失定義上では全滅判定だ。
 ただちに後方へ下げ、部隊の再編成を行わなければならないが、そもそも高順軍には後方という恒久的な拠点が存在せず、欠員の補充は降伏した捕虜によって補われるという何とも自転車操業なのだ。
 故に今回の戦闘で3000名もの捕虜が出たことは高順としては喜ばしかった。
 これにより相対的に兵力はプラスとなるが、今度はこの3000名の騎兵を養うカネと食糧と飼葉が必要となる。
 元々馬車移動が主体の高順軍であるので、飼葉などは多めに持ってきていたが、それもそろそろ心もとなかったが、これまでの激戦や脱走で文官や兵士の数は少なくなっていたので食糧や武具などには多少の余裕があった。
 幸いなことに劉璋軍の陣地にほったらかしにされていた糧秣や飼葉その他諸々を全て運びだした為に一気に台所事情は好転した。
 そんなわけで一応、物資はある。
 だが、裏切るか裏切らないか、すなわち忠誠に関しては微妙なところだった。
 
 ともあれ、今回の一戦は目標であった劉璋の救出に加えて副産物がいくつもついてきたので成功といえるだろう。
 
 ただし、まだ難題は残っている。
 そう、烏丸の主力がまるまる残っている。


「で、これからどうする?」

 夏侯惇の問いかけに高順はどうしたものか、と撫でるのをやめて腕を組んだ。

「さすがにこの人数であたるのは無理ね。孟徳を待たないと……」

 そう言った直後であった。

「伝令! 孟徳様率いる本隊がこちらへ参られます!」

 その報告に夏侯惇と高順は顔を見合わせ、お互いに笑いあった。

「さすが曹孟徳。噂をしたら現れたわね」
「ああ、さすが孟徳様だ。ところで……私はどうやってお前への借りを返せばいい?」

 夏侯惇の問いに高順はどうしよう、と再び考え込んだ。
 曹操がこうして出はってきた以上、夏侯惇率いる虎豹騎の指揮権を渡さねばならない。
 いざ意気込んで出陣したはいいが、とんだ肩透かしとなった夏侯惇らとしてはやるせなさでいっぱいだろうことは想像に難くはない。

「それじゃ……いい人材紹介してくれないかしら? できれば文官、文官を!」

 ずずい、と迫る高順。

「な、何だか妙に切羽詰まっているようだな……」
「ウチには大局的な立場で判断を下せる文官が賈詡と陳宮しかいないのよ。そっちとは違って……おまけに育てた文官も累計で500人くらい辞表出されたし」

 そう言ってがっくり、と高順は肩を落とした。
 大変なんだな、と夏侯惇は高順の肩に手を置いた。

「まあ……私のできる範囲でいいのがいたら紹介してやる」
「ありがとう……」

 そんなことをしている2人であったが、互いに曹操を出迎えるべく歩き出す。
 途中、郭嘉も加わり、3人で出迎えることとなった。

 

 

 

「出迎えご苦労……ところで、何か妙に兵の数が増えているんだけど……」

 曹操は労をねぎらいつつ、率直に尋ねてきた。
 彼女からすれば高順がどれほど戦上手であろうとも、さすがに今回の戦は厳しいと実感していたが故であった。

 曹操は周囲の予想通りに劉璋軍が出立して1刻程の時間を置いてからすぐに城を出ていた。
 であったのに、来てみれば何故か高順陣営の兵数が増えているという不可思議な状態に遭遇したのだ。

「孟徳様、高順が前へ向かって撤退するついでに敵将兵3000余名を捕虜にして戻ってきました」

 曹操はその夏侯惇の言葉に目をぱちくりとさせ、たっぷり数十秒かけて脳に浸透させた。

「はぁ!?」

 冷静沈着、どんなときでも余裕を保っている曹操であったが、さすがにこれには驚き、まじまじと高順を見つめる。

「ぶい」

 Vサインを作ってみせる高順を横目で見つつ、曹操は傍らに控える頼れる軍師達に問いかけた。

「……可能なの?」
「……結果が目の前に転がっているのならば可能なのでしょう」

 荀彧が戸惑いがちに答えた。
 彼女以外にも司馬懿、程昱と錚々たる面々がいるのだが、さすがにこれはちょっと信じられないらしく、ヒソヒソとどうやったのかを小声で話し合っている。
 そのような中、郭嘉は平然としていた。
 
「奉孝、何か知っているの?」
「はい、孟徳様。最も可能性の高いものとしては自らの功績を使い、敵を疑心暗鬼に追い込んだものと思われます」

 その言で荀彧らは納得がいったようであり、また曹操も答えに行き着いたらしく、数度頷く。

「ということだけど、実際には?」
「その通りよ。まあ、武勇とかそういうのに恐れをなして降伏するっていうのはよくあるらしいじゃないの」
「そりゃよくあるけど……あなた、これから陥陣営とでも名乗りなさいよ。何で逃げていたのに勝っているのよ。というか、前へ向かって撤退って……」

 曹操は呆れを通り越して疲れた表情でそう言った。
 そういう風に言われると高順としても微妙な気持ちとなったが、ともあれ今はそこを議論している時ではない、と彼女は告げる。

「ところで孟徳、これからどうするの?」

 その問いに曹操は気を取り直す。

「あなたが思っていることと恐らくは同じよ。ウチが上か、それともそちらが上か、その違いだわ」

 普通の人ならばこれだけで何を意味しているか分からない。
 だが、ここにいるのは普通ではない者の方が多かった。

「それじゃ、私が下につくわ。曹太守としてもそちらの方がイロイロと都合が良いでしょう?」

 呼び捨てではなく、役職名を付けて呼んだ高順に曹操は頷きつつも、問いかけた。
 確かに曹操としてはこのまま戦争に強いから、と高順にずっと指揮を取らせるわけにはいかない。
 高順の経歴もあるし、配下への示しやメンツその他諸々の事情がある。
 だが、曹孟徳としては高順がどのような指揮を取るのか、純粋な興味があった。
 また、配下にその指揮や戦術を研究させたい、そういう思惑も。

「私としてはあなたの素晴らしい指揮が見たいのだけど、ダメかしら?」
「あなたは大陸で最高の頭脳集団を抱えているのに?」

 この返しに曹操は苦笑した。
 確かに不自然に過ぎる、と。

 だが、曹操としてはいったいどういう指揮を取っているのか、甚だ疑問であるのだ。
 まず、彼女の配下の如何なる将や軍師であったとしても、前へ向かって撤退――それも敵は大軍、自軍は少数で――などという非常識なことはやらかさないし、そもそも撤退した筈なのに敵将兵を3000名も捕虜にとり、その上で部隊の7割を生還させる……などということはできない。

「私は純粋な興味として、あなたがどのような指揮を、作戦を立てるのか、見てみたいのよ。私、一度もあなたがそうしている姿を見たことがないわ」

 曹操は素直に自らの心情を吐露した。
 押してダメなら引いてみろ、を実践した形だ。
 
 そんな主君につられてか、その配下達も何やら興味深げな視線を送ってくる。
 特に司馬懿などは薄ら笑いを浮かべており、色々な意味で怖い。

 しかしである。
 伊達に高順とて長い間、勢力の長を務めていない。

「そうしてもいいけど、わざわざ少数勢力の私にそうさせる以上、何がしかの援助が欲しいのだけど?」

 曹操は予想通りの答えにほくそ笑みつつ、何を報酬としようかと考える。
 カネも糧秣も人材も、何もかもが充足しているとは言い難い高順陣営。
 
 多少の、それこそ雀の涙程度のものであっても高順は断り切れない、と曹操は踏んだが、そんなことをすれば曹操はケチである、という風評が賈詡によって流されることは間違いない。
 だが、ただ単に物資や人材を与えるというのも高順を後々、余計に強大化させかねないし、何よりも曹操にとって良い点が無い。

 故に、彼女が取ったのは――

「荀文若を一定期間、貸すというのはどうかしら?」
「華琳様!?」

 まさかの発言に当の荀彧は思わず曹操の真名を呼んでしまう。
 そんな荀彧に対し、曹操はにっこりと微笑む。

「あなた、高順を都督として勧誘したんですってね?」
「な、何でそれを……」

 荀彧はわなわなと震えながら、高順へと視線を向けるが、当の高順も目をぱちくりとさせている。

「あ、それは私が」

 そんな中、手を挙げた郭嘉。

「お前かこの不良軍師!」

 荀彧の罵倒に対し、郭嘉は涼しい顔で答える。

「私は孟徳様から起こったこと、全て報告しろと言われていましたので。それと不良軍師とは心外な。私は自分の務めを果たしているだけです」
「でも、前の戦で、孟徳様の本隊をわざわざ少数にして、敵をおびき寄せるなんて策は……」
「あ、それは私ですよ~私が奉孝に頼んだらそうなりましたので~」

 ひょいっと手を挙げたのは程昱。
 さすがの彼女もこういった公の場では一人称や二人称は丁寧なものになるようだ。

 荀彧は盛大に溜息を吐いた。

「文若のいない間は荀公達に纏めてもらうわ。文若をこっちに戻すときは1ヶ月前に連絡するから」
「あ、うん……えーと、それでいいの? 文若殿」

 高順が問いかけると荀彧は力なく頷いた。

「そんな感じでよいかしら?」

 曹操の問いかけであったが、高順はあることに気がついて告げる。

「……こっちを撹乱しない、わざと足を引っ張らない、情報を流さない、そこの確約が欲しいわね」
「我が真名に誓ってそのようなことは命じないし、させないわ」

 その言葉に曹操は不敵な笑みを浮かべて告げた。
 大抵の輩ならばその態度に気圧されて引き下がるところだが、高順は違った。
 彼女はどうして曹操がそうさせないのか、何が狙いなのかに思考を費やしたが、程なくその答えは出た。

 曹操は自分のやり口を腹心の部下である荀彧に見させ、体験させ、帰還した後にそれを領地で実践するつもりなのだ、と。
 情報を流さないという約束もしたが、それはあくまで高順陣営にいる間だけのもの。

 これは失敗した、と高順は思ったが、遅かれ早かれ洩れるものと思い直すことにした。
 
 高順が自らの狙いに気づいたことに曹操はくすり、と笑った。

「さ、文若はたった今からあなたの部下よ。いつまでも他人行儀な呼び方をしないこと。それと、私はあなたの戦での要請を受け入れる用意があるわ」

 高順は完全に自らがやられたことを悟った。
 曹操は自らのメンツなどを潰さないよう、それでいて高順のメンツも立てるように、どちらかが上下であるという関係を作らずにあくまで対等である、とそういう立場を貫いたのだ。

 その立場を明確に表したのが彼女の「要請を受け入れる用意がある」という言葉であった。

「というか、当の本人はどう?」

 高順は話を荀彧に振った。
 振られた方は「え」と驚き、高順の顔を見つめた。

「私としては高順様は好ましい上司だと思いますが……」

 今度は高順が驚く番であった。
 あの荀彧にそこまで高く評価されるとは高順自身としても思ってもみなかったことだ。

 荀彧がそういう評価を下したのには高順陣営の内部にあった。
 曹操陣営よりも細かく、それでいて極めて合理的に管理された様々な物資。
 上下がハッキリとし、大将が倒されても次の者が即座に大将となって戦闘が続行できる指揮系統。
 何よりも大きいのは高順が賈詡、すなわち軍師の言うことを素直に聞き入れ、また自らが考えだした案をまず軍師に相談することであった。

「えーと、それじゃ文若」
「はい」
「とりあえず分捕った……もとい、拾ってきた物資を数えてどの程度の兵がどの程度の期間戦えるか、割り出して頂戴」
「ただちに」

 荀彧は足早にその場を去り、高順軍の者が屯している方へと向かっていった。

「あなたも最終的には私のところに来るのだから、手を出してもいいわよ?」
「ええ、そうするわ。で、早速作戦会議といきたいのだけども」

 

 そういうわけで作戦会議となったのだが、諸々の準備の為に1刻後、開かれることとなった。

 


「右も左もどこもかしこも平原。こんなところで騎兵とあたるのは自殺行為だわ」

 主だった将を集めた作戦会議の席上で曹操は開口一番そう告げた。
 彼女の意見は全くもって異論はなく、高順含め全員が頷いている。

 急遽張られた大天幕には両陣営の将が一つの長机の左右に着席しており、中々壮観な眺めだ。

「とはいえ、勝率が無いかというとそうではないわ。我々はこれまで何度もこのような状況で打ち破っているもの」

 続けられた曹操の言葉にこれまた頷く一同。

「正攻法としては掎角の計です」

 司馬懿はそう切り出した。

「まず歩兵と騎兵に分け、歩兵に敵があたった後に騎兵が側面ないしは後方より急襲します」

 小手調べ、と言わんばかりに司馬懿は挑戦的に高順へと視線を向ける。
 しかし、高順はというと特に何も反応しない。

「いえ、それよりはここは敵をおびき寄せ、伏兵でもって殲滅すべきではないですか?」

 郭嘉の言葉。
 しかし、高順はやはり反応しない。

「私としては夜を待って夜襲をかけるのも良いかと思われますね~」

 程昱の言葉であったが、やはり反応しない。
 そんな高順に対し、問いかけたのは曹操ではなく、荀彧であった。

「高順様はどのようにお考えですか?」

 荀彧の問いにゆっくりと高順は口を開き、問いかけた。

「こちらが使える騎兵は?」
「我々が6000です」

 司馬懿の答えに高順は更に問う。

「虎豹騎も含めて?」

 問いに司馬懿は首を横に振りつつ、更に告げる。

「しかし、虎豹騎は予備戦力として使うのがよろしいかと思いますが」

 その言葉になるほどなるほど、と高順は数度頷きつつ、近くに落ちていた石ころを幾つか拾った。

「我々が使える騎兵は合計で12000。これは敵と比べたら極めて少ない」

 だが、と続けた。

「これで十分に勝利できる。敵は鋒矢もしくは錐行といった、もっとも騎馬が生かせる陣形を選択し、数でもって押し潰そうとする。ええ、とても文句のつけようがないくらいに理にかなったやり方だわ」

 幾つかの石を敵に見立ててそれで鋒矢陣をこしらえる。

「けれど、そこに隙がある。我々は歩兵をこのように、弓なりに配置する……強く、柔軟に」

 高順は敵役の石の前に弓なりに幾つかの石を置き、更にその後ろに石を置く。
 その後方の石の意味が分からない者はこの場にはいない。
 予備の歩兵だ。

「そして、我々の騎兵は左右に配置する……敵が攻撃を仕掛け、もっとも分厚い陣は凹む。そのときに予備の歩兵を投入しつつ、側面に待機させた騎兵を突っ込ませるわ。どうかしら?」

 高順の問いかけに答える者はいなかった。
 否、誰も口を開くことができなかった。

 誰も彼もがその通りに戦場を制御できれば、烏丸は壊滅する、そう予想できたからだ。
 高順はどや顔で居並ぶ面々を見つめる。

 高順が提案したのはカンナエの戦いの再現、すなわち両翼包囲だ。
 相手が手練の騎兵である、というのが不安要素だが、前から突っ込んでくるならば確実に勝利できる自信が高順にはあった。

「……私は思う」

 曹操の言葉に視線が集中する。
 彼女はそれらに構わず、ただ高順をまっすぐに見据えた。

「あなたとこうして共に戦えることを誇りに、そしてあなたが将来、敵となることを恐ろしく」

 その言葉こそ、曹操が高順に対して公の場で自らと対等であると宣言したに等しかった。

「何なら、この場で戦ってみる? そうした方が早く決着がつくのではなくて?」

 高順の言葉に曹操側の武官が反応した。
 夏侯惇や夏侯淵らの夏侯姉妹、曹仁、曹洪らの曹姉妹など大勢が各々の得物に手を掛け、立ち上がった。
 武官の数でも圧倒的に曹操側が多かった。
 
 だが――

 歴戦の彼女らをしても、高順側はシャレにならなかった。

「……殺すの?」

 無邪気に問いかけてくるのは呂布。
 彼女は既に方天画戟を握っており、いつでも攻撃できる態勢にあった。

「できるの?」

 高順の問いかけに呂布は頷く。

「弱いから」

 ただ一言告げられたその言葉。
 並の者が言えば相手方は激怒するが、あいにくと呂布の実力はずば抜けていた。
 呂布の眼前にいる徐晃などは剣を握りながらも、冷や汗をかいており、生きた心地がしないことだろう。

「恋ちゃんだけに手柄を独り占めにはさせないよ」

 そう言い、董卓もまた得物を握って立った。
 曹操側の武官の顔色が更に悪くなった。
 たった2人、そう、たった2人に気圧されている。
 そして、高順陣営の者はそれだけではなかった。

「やるなら当然、私もまぜろよ」

 馬超が立ち上がった。
 
「孟徳殿には世話になりましたが、戦とあらば話は別」

 趙雲が立ち上がった。

「主君を助けるのは当然」

 関羽が立ち上がった。

「無駄な争いはしたくはないが、やるなら別だ」

 華雄が立ち上がった。

「面倒だけど、やるならやるよー」

 馬岱が立ち上がった。

「おもろいやないか。そういうのもええなぁ」

 張遼が立ち上がった。

 そんな様子を高順側の他の者達――馬騰は溜息を吐いていた。
 若いっていいなー、とそんなことを思いつつ。
 彼女もゆっくりと立ち上がった。

「私もやるとするか」

 馬騰までが立ったことで曹操側の武官は完全に怖気づいた。
 だが、それでも逃げ出さずに涙目で睨んでくるあたりは称賛に値するだろう。
 というよりか、どんな輩が相手でも高順陣営のこの面子は相手にしたくない。

 対する曹操はしてやられた、と内心舌打ちをしていた。
 これは先程の一件に対する牽制だと。

 さすがにこの場でやりあうことはないが、それでも曹操は思わずにはいられなかった。
 
 勝てるだろうか――?


 その様子を魏延は見ていた。
 彼女はまだ見習い。
 故に、彼女の役目は会議への出席ではなく、出入口の警備であり、誰も彼女に注意を払っていない。
 しかし、当の彼女は一触即発の状況に戦々恐々としつつも、胸の高鳴りを抑えることができなかった。

 優秀な将や軍師を数多く有し、なおかつ兵力も多い曹操陣営に対し、真っ向から高順が挑発した。
 そして、曹操側を完全に恐怖に陥れた。

 魏延は彼女が活を入れたあの頃の高順とは一回りも二回りも違うことに気付かされると同時に、当時の自分の無謀さに身震いした。
 

 

「今は烏丸を処理しましょう」

 高順の言葉に呂布をはじめとした面々は武器をしまい、着席した。
 これも高順の演出だ、と曹操は見抜いた。

 高順は自分を超える豪傑達をよく従えていることを示したのだ。 

 しかし、と曹操は武官ではなく、文官達へと目を向ける。
 ガタガタと震えている者、涙と鼻水でぐしょぐしょの者など、大多数が怖がっている状況であった。
 対する高順側は荀彧が何だか複雑な表情をしているだけに留まった。
 それも当然で文官は荀彧しかおらず、法正や張松は高順陣営全体の把握と書類仕事に回ってもらっていた。

「と、ともあれ作戦に関しては先程のそれでいいと思います」

 涙目の郭嘉の言葉に高順は鷹揚に頷く。

「ところで孟徳。あなたは烏丸の捕虜をどうしているの?」

 高順の問いかけに曹操は首を傾げた。

「私達の目的が烏丸征伐である以上、犯して殺して終わりに決まっているでしょう?」

 高順はそれで納得がいった。
 あの曹操が自分の手元に烏丸兵をおいていないのは捕虜をとっていなかった、という至極単純な理由だった。
 そして、悲しいことにその扱いが当然なのが、この時代の戦争捕虜であった。

「あなたも咎められるから、戦が終わったらさっさと処理しておきなさいよ」

 処理、すなわち処刑。
 一般的なことなのであるが、高順としては拒否したいところだ。
 何しろ、烏丸兵は個々人の練度は素晴らしい。
 
 賈詡と相談せねば、と高順は思いつつ、曹操に告げる。

「会敵予想時刻は数刻もないわ。ただちに陣形や部隊の再編成に入らないと」

 その言葉に曹操は頷いた。

 こうして連合軍は烏丸を迎え撃つ準備が大急ぎで進められることとなった。
 そして、烏丸の斥候が現れたのは会議から1刻後、烏丸の本隊と想われる大部隊をこちらの斥候が捉えたのはさらに半刻後だった。


 

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