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精強な兵を取り込んだ彼女、最強の布陣を揃えた覇王

 
 一石二鳥の一騎打ち作戦。
 それは予定通りに3000人を超える大観衆の前で行われることとなった。

 烏丸側も策など関係無しに乗り気であり、あの高順と一騎打ちできるならと、希望者が殺到――というよりも、李穎を除いた全員が希望した。
 肝心の李穎はというと、自分の腕では逆立ちしても勝てないことが分かっていたので、乗り気ではなかった。
 とはいえ、やらないわけにもいかないので当然参加だ。
 
 その一騎打ちの為に今日はここで野営をすることになった。
 どちらにせよ、大量の民を引き連れてしまえばもはや行軍速度も何もあったものではない。
 歩みは遅々として進まない。
 馬車に載せようにも今ある馬車の大半には物資か兵が積載されている。
 兵は下ろすにしても、文官も3000名おり、合わせて6000名を超える人員を載せることはできない。
 ただこれまでの物資の消費により、空いている馬車もあるのでそこに体調を崩している者を優先的に詰め込むことにした。
 強制徴兵とはいえ、さすがに病人や老人、子供がいなかったのは幸いだ。

 そんなわけで開き直った高順達はどうせなら、と連れてきていた張三姉妹の公演も行うことになった。
 彼女達は本来なら冀州の適当な職人達に預ける予定であったのだが、くっついてきてしまった。
 高順や賈詡としても、娯楽の提供ができる彼女達は貴重な存在であり、拒否できなかったのだ。








 大歓声に包まれる中、高順は立っていた。
 腰には青紅の剣が一振り。
 彼女の前にはクジで1番手に選ばれた烏丸兵。
 高順と同じか、やや高いくらいの背丈だが、聞いた話によればまだ14歳らしい。
 中々にその胸部も発達しており、関羽並に大きかった。
 また、その金髪は腰まで伸ばし、一つに纏めてある。
 その碧眼はじっと高順を見ていた。

 対する高順は自然体だ。
 呂布などの人外の領域にいる連中は勿論、好敵手の夏侯惇や華雄よりも相手から感じる威圧感がなかった。
 早い話が全く怖くないのである。
 今から剣を交えるというのに、自身が敗北する未来がどう頑張っても想像できなかった。
 事前に李穎から聞いた話では彼女が部隊の中で一番強いとのこと。
 彼女は自分よりも弱い李穎の言うことを聞かないことが度々あるそうで、他の兵士達も彼女の言うことは聞くが、李穎の言うことを聞かないことがあるらしい。


「どちらかが参ったと言うか、武器を落とした時点で終わりです」

 審判役は関羽。
 生真面目な彼女にはうってつけの役割だ。

「では……はじめ!」

 関羽の言葉と同時に銅鑼が鳴り響いた。
 瞬間、相手が動いた。
 彼女は腰から剣を抜き放ち、そのままもう一方の手も柄を握り、全体重をかけ斬りかかった。
 振り下ろされる刃に対し、高順はただ手を前へ伸ばした。

 沈黙が訪れる。

「え、あ……」

 相手は信じられない顔で高順と自分の手元へ視線を交互にやっている。
 高順が何をしたかというと、彼女はただ単に相手の剣の柄を片手で握った。
 元々、相手も両手で柄を握っていたのでその両手ごと掴んだ形になる。

 そして、その刃は高順の目の前で全く動いていない。
 彼女の握力でがっちりと固定されてしまい、相手は引くにも進むにも全く動けない状況となってしまったのだ。
 董卓や呂布などに隠れてしまいがちであるが、華雄や高順も中々に怪力なのである。

 さて、高順はここからどうしようかと考え、すぐに空いている手で相手の首を掴んだ。
 いつでも潰せるぞ、という意味合いを込めて、首筋をその指で撫でてやる。

「ま、参りました」

 その言葉に関羽はハッと我に返り、そこまで、と宣言した。
 それから一泊の間を置き、大きく歓声が上がった。
 さすが高順とか烏丸も大したことない、とかそういう声も聞こえてきた。
 
 高順は相手を解放してやる。
 すると何だか彼女はもじもじとし始めた。

「あ、あの、私……郭覧と申します。ま、真名は深雪と申します!」

 そう言い、脱兎の如く去っていった。
 残された高順はこれは、と危ない笑みを浮かべた。
 腕っ節が強いと尊敬される……それはモテるということでもある。
 かつて羌族にいた頃、華雄に何人も妾がいたことからそれは窺える。


 しかし、さすがの賈詡もこれは予想できなかったのか、彼女は見物席で苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
 下手をすれば500人も妾が加わると――それも賈詡よりも発育が良い者が多い――自分に構ってくれる時間が少なくなるという、わりと切実な問題なのである。
 その顔を見た公孫瓚が怖さに震えていたりするが、残念ながら彼女を助けてくれる人はいなかった。


 そうこうしているうちに高順はどんどん烏丸兵を素手で薙ぎ倒していく。
 漢族の一般兵と比べれば確かに強いのだが、高順からすればその動きは遅く、力も弱かった。
 比べる相手が夏侯惇や華雄なのだから、相手が可哀想ともいえる。
 勿論、名のある烏丸の将には侮れない相手もいるのだが……幸か不幸か、この場にはいなかった。


 見物客達も最初は興奮していたが、白熱するような戦いはなく、単なる消化試合と化し始めた段階で白けていた。
 ここまで一方的だともはやどうでもよくなってしまったらしい。

 その様子を見て取った高順は一度試合を止めて、大きな声で民に問いかけた。

「諸君らの中には私が烏丸と内通していると思う者もいるかもしれない。だが、私は実際にこうして烏丸を倒し続けている。ハッキリと問おう」

 一度言葉を切り、ぐるりと居並ぶ観衆を見回す。

「私では不満?」

 シンと静まり返る。
 そんな中、次の対戦相手である烏丸の少女は高順に熱い視線を送っていたりする。

「私は宣言しよう。烏丸を従え、悪さをさせないと」

 観衆にどよめきが広がる。
 賈詡は内心喝采を叫んだ。
 もはや一騎打ち作戦は成功したも同然だ。

 ここまで圧倒的な差を見せ、かつ実績も十分な高順ならばどんな愚鈍な輩でも反対することはできない。

 賈詡の確信通り、反対する声は上がらなかった。






「何か面白くないわねぇ」

 不満気な顔でたくあんをつまみ、酒をごくごくと飲み干すのは孫策。
 遠くからは張三姉妹の綺麗な歌声が聞こえてきているが、その歌に耳を傾けるという気分ではない。
 既に一騎打ちが終わって数刻が経過している。
 日はすっかり暮れ、周囲には虫の音が響いていた。
 高順はあの宣言の後も烏丸兵の相手をし続け、結局500人全員を倒してしまった。
 途中で止めるよう賈詡は言ったが、それは闘志を燃やしている後の者に悪いという理由から高順は断っていた。
 とはいえ、1人を倒すのに30秒も掛からない。
 相手の攻撃は全て見えていた為にカウンターで高順が決めてしまうからだ。
 

 さて、孫策の面白くないという言葉は降伏した烏丸兵をあっさりと自軍に組み込んでしまった高順が原因であった。

「戦闘員が実質的に3000名程度では大兵力で攻められれば終わりであることも確かよ」

 周瑜の言葉にそうだけどさー、と孫策は同意しつつ。

「高順なら10倍でも大丈夫なんじゃないの?」
「烏丸が事態を重く見て、10万とか繰り出してきたらどうするのよ?」
「そしたら母様がその手薄になったところを食い破るでしょ?」
「私達の全滅と引き換えに?」

 それは困るわねー、とケラケラ笑う孫策。
 そんな彼女に周瑜は溜息を吐く。

「……姉様、もし万が一、高順がこのまま涿郡の烏丸を全て自分の配下にしてしまったらどうしますか?」

 孫権の問いに周瑜は勿論、孫策も真剣な表情となる。
 高順や華雄の名が烏丸にまで轟いていることは今回のことでよく分かった。
 烏丸が降伏する、という可能性はそれなりにある。

 そうすれば高順は被害を出さずに兵力を増強したことになる。
 ただでさえ、猛者揃いの高順陣営に烏丸の兵隊が加わるというのはまさしく脅威。
 野戦ではまず破れないのではないか、と思えてしまう。

「そのときは圧力を掛けるしかないでしょうね。烏丸を全員殺して首を寄越せ、さもなくば死だとか何とか言って」

 いい加減に言ったような孫策だが、それは正しかった。
 民が納得しない、という最もな理由があるが故だ。
 高順側が拒否すればやはり高順と烏丸は内通していた、とそう喧伝し、連合を組んで攻める……そういう脚本を描くことは容易にできる。

「お偉いさんとしては高順は目の上のたんこぶ。ならばその可能性は大いにある……というよりか、烏丸との戦いが終わったら次は高順との戦いに備えねばならないでしょうね」

 周瑜の言葉に孫権は僅かに首を傾げ、問いかける。

「烏丸を高順が手に入れなくても?」

 問いに周瑜は頷き、言葉を紡ぐ。

「高順や華雄は漢にとって倒さねばならない敵です。漢の権威を大きく失墜させたのはあの戦。漢の権威を取り戻す為には高順を倒さねばなりません」
「結局のところ、そこらのゴロツキと同じで相手に舐められたらおしまいなのよ。特に国とか家っていうものはね」

 続けた孫策の言葉に孫権は頷きつつも、複雑な表情だ。

「個人的には高順らとは戦いたくありません。彼女らの人柄もありますが、どれだけの被害を受けることやら……」
「気のいい連中だというのは私も認めるわ。あと、被害の面も」

 孫策は同意するかのようにうんうんと頷き、もう一杯と酒を飲む。
 ちなみに彼女は既に10杯目。
 3杯まで、という制限なのだが、彼女が個人的に代金を支払うという形でその制限は取り払われている。

「賈詡にそれとなく、そちらを倒すにはどれだけの兵隊が必要かと前に尋ねたことがあってな」

 周瑜も孫策につられるように酒を呷り、言葉を続ける。

「そしたら奴は不敵に笑って、300万と答えた。そのうち、戦死は100万」

 孫策、孫権は勿論、静かに話を聞いていた甘寧も固まった。

「……聞き間違いかしらね。何か300万とかとんでもない数が聞こえたんだけど?」
「ええ、姉様。私はそのうち100万が戦死と聞こえました」
「そう言ったんだから仕方ない。事実、そうするだけの策やら何やらがあるんだろう……人員は各地から総動員すれば何とかなるが、彼らの装備や糧食、給金について考えただけで頭が痛くなる」
「漢の国庫は勿論、諸侯の金庫は空っぽになるんじゃないの?」
「空っぽならまだいいが、商人に借金しても足りないかもしれない。借金で財政破綻なんぞ笑い話にもならない」

 はぁ、と盛大に溜息を吐く周瑜。
 彼女は賈詡のハッタリに見事に引っかかっていた。
 こちらを過大評価させることで手出しを躊躇させる……そういう策なのだ。
 ましてや、高順配下の連中がとんでもない輩ばかりであることもそれは信憑性を増していた。

「高順とは敵対するよりもなるべく友好的に接した方が良いが、それも難しいだろう。朝廷の面子もあるし、何より民衆というのは利益を求めるというよりも感情的だ。彼らからすれば官軍を破った高順憎し、烏丸憎しだ」

 周瑜の言葉に甘寧がゆっくりと口を開く。

「高順への印象を良くする為に宣伝をするというのはどうでしょうか?」

 その提案に周瑜は力無く首を左右に振る。

「どうやって高順がいい異民族です、と宣伝するのか? 漢族を救ったから、というのは確かに今回はあるが、それでも20万を破ったという事実は消えない。それに朝廷の連中は何が何でも高順は潰しておきたいだろう。先ほども言ったように面子の問題もあるし、下手をすれば高順が五胡を率いて攻め寄せてくる……そういう恐怖があるんだ」

 甘寧はその言葉に押し黙る。

「まあ、思春の言うこともいいけど、高順はあれよ。曹操と同じような感じがする。いつかこの大陸を制覇せんと企んでそう」

 孫策はそう言い、たくあんではなく、干し肉をかじる。

「飢えた虎と仲良くしようとするのは難しいことだ。曹操といい、高順といい」

 周瑜はやれやれ、と溜息を吐いた。

「曹操といえば今回の戦で一番勢力を伸ばしたところですね」
「ええ。こっちも気に入らないけど、参加した義勇軍を次々に吸収して、名家や名士連中を味方につけて、それに伴って豪商達も援助し始めて……なんて言ったかしら、ほら、あの小さな軍師」

 孫策に周瑜が答える。

「荀文若ね。王佐の才と称されるやり手だけど、私としては司馬仲達や郭奉孝、程仲徳の方が怖い」
「というか、軍師だけで数十人……それなんて反則って言いたいわ」

 孫策はそう言い、溜息を吐いた。
 話題に出た者だけではなく、軍師や文官としては他にも陳羣や劉曄、満寵、司馬懿や荀彧以外の司馬一族や筍一族などがいる。

「武官は許褚と典韋を筆頭に鄧艾と鄧忠の姉妹、羊祜、杜預、徐晃、張郃、楽進、于禁、李典などなど……それに加えて曹一族と夏侯一族が加わる……曹操の家柄と人脈と人柄は大したもんよ。張郃は袁紹のとこから引き抜いたって話だし」

 孫策はそう続け、酒を盃に注ぎ、一気に呷った。
 投げやりな姉に孫権は声を張り上げた。

「う、ウチだって負けてません! 子義とか、幼節とか……」
「いやー、確かにそうだけど、数が少なすぎるわよ」
「人材の層で見た場合、どの諸侯も曹操には及ばないでしょう」

 孫策と周瑜の言葉に孫権はしょぼんと項垂れてしまう。


 甘寧がこの時点で孫家に加わっている……それはこれを暗示していた。
 つまり、どの陣営も後期になって出てくる人材がこの時点で既に加わっているのだ。
 事象こそ何となく似ているが、生まれる年などは正史と全く違い、その点では高順の知識はあてにならない。
 史実では益州出身の甘寧が荊州へと赴いたのは今より15年後の194年、孫家陣営に加わったのはそれより更に後なのである。
 このように孫家では甘寧の他に太史慈や陸抗などが既に加わっていた。

 
 そして、それが顕著に現れたのが曹操陣営であった。
 早い話、曹操陣営が超絶に強化されてしまったのである。
 荀彧、郭嘉、司馬懿、程昱らが曹操の下で一致団結するなど、もはや敵対者にとっては悪夢でしかない。
 また、夏侯姉妹、鄧姉妹、張郃、徐晃、羊祜、杜預などのやはり一流どころが指揮する軍勢は破竹の勢いだろう。

 事実、曹操軍は多くの人材が参加して以来、烏丸に対して負けなしであった。
 数多の義勇軍を吸収したことから兵力も数万にのぼり、豪商達の援助で資金や物資も豊富という死角のない状態だ。

 勿論、ここまで大きな勢力となったのは高順にも原因がある。
 曹操はかつて、高順に頭を下げて仕官を頼んだが、断られた。
 重要なのはあの曹孟徳が頭を下げた上で断られたということ。
 結果として、曹操は学んだ。
 頭を下げてもうまくいかなかったのに、頭を下げずに上から目線では物事がうまくいかないのは道理であると。

 それ以来、曹操は人材を登用する際、また商人らに援助を頼む際には必ず自ら赴き、頭を下げてお願いするようになった。
 並の人物なら舐められるところだが、何分、頭を下げているのはあの曹操である。
 その覇気は凄まじく、下げられた相手はこんなにも凄い人物が自分に頭を下げてくれていることに感動してしまい、快く登用に応じたり、援助してしまったりするのだ。

 特に司馬家に関して曹操は戦場のことは荀彧らに任せ、3ヶ月もの間、司馬家に通い、頭を下げ続けた。
 仕官を一番嫌っていた司馬懿もさすがに感銘を受けて、仕官に応じたという経緯がある。
 結果として曹操は司馬八達を自身の配下とし、さらに司馬家からの援助を受けられるようになったのだ。

 
 ともあれ、高順が知ったならばきっとこう叫ぶだろう。
 魏のフルメンバーとか勝てねーよバーカ、と。
 そして、彼女が知るのももはや時間の問題だった。